新型コロナ以降のアニメ業界を考える。TVアニメの制作本数減、「日常」が揺らぎ作品内容への影響も【藤津亮太のアニメの門V 第58回】 | アニメ!アニメ!

新型コロナ以降のアニメ業界を考える。TVアニメの制作本数減、「日常」が揺らぎ作品内容への影響も【藤津亮太のアニメの門V 第58回】

アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第57回目は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行が、アニメ業界にどのような影響を与えていくのかを推察する。

連載 藤津亮太のアニメの門V
  
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昨年公開された『天気の子』は、世界を大きな変化が襲ったとしても、それもまた“日常”として受けいれられて生きていく様子が描かれていた。

昨年の時点でこれは、大人たちが勝手に「不幸な時代」と嘆く現在、これから生きていく若者へのエールでもあった。
だが、それから1年も経たないうちに、現実に「日常」が大きく塗り替えられるような事態が発生しようとは、誰も予想はできなかった。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は、経済を含めた社会生活に大きな影響を与えている。
そしてこの大流行が収まったとしても、再びの流行を防ぐために生活習慣を変えざるをえずそれまでの「日常」へと戻る保証はない。
「ニューノーマル」という言葉も生まれて、これからやってくるのが見知らぬ明日であるとが予想されている。

当然ながらアニメ産業も大きな影響を受けている。4月番組は、かなりの数の作品が放送を中断するに至っている。
映画も『映画ドラえもん のび太の新恐竜』を筆頭に公開延期を発表する作品が相次いでおり、『泣きたい私は猫をかぶる』のように映画として制作されながらも、劇場公開ではなく、ファーストウインドウに配信を選ぶ作品も出てきた。

4月下旬に聞いた話では、緊急事態宣言以降アフレコが中止になっており、アフレコが最終回まで行われていた作品以外は放送中止となるだろうということだった。
一方、制作スタジオは、アニメーターは自宅作業が中心となり、制作、演出などはスタジオで制作を進めているというケースが多いという。
中国・韓国の外注会社は、社会活動の復帰とともに生産力をだいぶ取り戻したという。

現状、制作スタジオでリモート制作を進めるのは難しい。作画・演出作業はデジタル化がまだ過渡期だし、仮に個々人が使うツールがデジタル化されていても、データの受け渡しやチェック・リテイクといった制作工程全体がデジタル化されていなければ、リモート制作は困難だ。
この点、3DCG制作会社のほうがパイプラインが整備されており、かつスタッフの社員率が高いので、リモートへの対応力は高い。

では緊急事態宣言が明ければ、これまでと同じように制作が進められるのか、といえばそうでもない。

例えば、日本のアフレコは、役者が(基本的には)全員揃って実際に掛け合いをしながら録音していく点に特徴がある。
この収録方法が感染リスクがあるという点は、緊急事態宣言前から指摘があり、緊急事態宣言が明けても、これまでと同じような収録方法での再開は難しいと予想されている。

こうしてアフレコに時間がかかるようになれば、制作スケジュール全体が変わってくるし、これまでのテンポ感では進められないことになる。
これから「現状でのベスト」がどこかを探りながらの制作が続くだろう。

そして先が見えないのは制作の現場だけでなく、経営・企画のレベルに目を転じても同じだ。まず、制作会社は、納品をすることで入金される仕組みでビジネスをまわしている。
だから納品ができない事態が続くと、資金繰り的に苦しい会社がでてくるはずだ。そのあたりを製作委員会などがどれだけ支えることができるか。

またアニメの企画は2年~3年前から仕込まれる。今回のビジネスの損失分の上に、景気の悪化による見通しの悪さが加わるとなると、今後の企画は絞り込まれていくと推測される。
これから2~3年先に向けてTVアニメを中心に制作本数は減っていくのではないかと考えられる。

今回の事態を見て思い出すのは、2006年から2010年にかけてTVアニメの制作本数が減っていった、あの時の状況だ。

2006年、TVアニメは年間279タイトルが放送されていた。これは、その時点での過去最高だった。
この背景には、数年前からの北米のDVD市場の活況が大きく影響していた。しかし、動画投稿サイトの登場などで北米のDVD市場は急激にシュリンクする。
こうして2007年には250タイトル、2008年には231タイトルと、制作本数がどんどん減っていく。

そこに2008年の秋リーマン・ショックが重なった。
そして2009年は218タイトル、2010年には200タイトルと、2006年に比べておよそ3割減まで制作タイトル数が落ち込む。
そして2010年で底をうつと、2011年から制作タイトル数は上昇に転じるのだ。

思えば2018年9月に中国が発表したネットコンテンツの規制案。これが2019年4月から施行された。
ここ数年間は海外売上の中でも中国の配信市場が目立っていたので、「全話まとめて検閲を行う」「検閲の上でどれぐらいのNGが出るかは見通しが立たない」という状況は日本のアニメビジネスにとって逆風になっているのは間違いない。
これが北米市場のシュリンクとイメージが重なる。

そして、そこに加えての新型コロナウイルス感染症の流行による不況である。2006年から2010年への下降線をたどってもおかしくない状況だ。

2011年からTVアニメの制作タイトル数は、再び上昇に転じる。
これは経済状況の回復(リーマン・ショックはアメリカの証券会社の経営破綻によるものなので、各国の対策の結果、影響は永続的なものにはならなかった)と配信市場の立ち上がりによるものだった。

終わることのない新型コロナウイルス感染症の影響の中で、プラスの材料として発見されることになるのか。
世界の映像産業を見てみると、これまで以上に配信の存在感が増すのは間違いなさそうだが、果たしてそれだけでどうにかなるものか。
配信中心だとしても、今放送している300タイトル以上のタイトルがすべて配信をファーストウインドウにできるとも思えない。

こうして考えてみるとよりよい環境を求めて、ビジネスモデル(これはスタッフの待遇改善も含む)と制作スタイル(今の大勢の原画を大勢の作画監督で修正してなんとか間に合わせているような状況も含め)を変化させていくべき時期が来たということではないだろうか。
新型コロナウイルス感染症の流行がそのための“外圧”(あるいは口実)になるのではないか。

そして、その上でアニメは何を作るべきなのか。もちろん物語を通じて描かれる人間の本質や世界の仕組みといったものは大きくは変わらない。

しかしそれを伝えようとする時、前提となっている「日常」がゆらいでいると、普通をどう見せればよいかという困難さが生まれる。
特に日本のアニメでは、学園生活などを題材にした作品が多く、そこでは作中の現実と視聴者の現実がどこかで接点を持っていることが意味を持っている。

だが今――そして新しい日常に適応していくまでの“これから”の時間――普通の学園の日常を描いて、そのような共感を得ることは難しい(ということは、もしかするとSFやファンタジーの設定の作品が増えるかもしれない)。

例えば『富豪刑事 balance:UNLIMITED』では第1話のモブがマスクをつけているカットがあった(主人公たちは特にマスクはつけていない)。この見慣れない日常が、やがて当たり前の日常になっていくのだろうか。

この対応が正解かどうかはわからないが、少なくともここに2020年の春が刻印されているのは間違いない。
数年後にこの第1話を見直して、私たちは何を思うのだろうか。

[藤津 亮太(ふじつ・りょうた)]
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」(http://ch.nicovideo.jp/animenomon)で生配信を行っている。

《藤津亮太》

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