映画ドラえもん新作「のび太の絵世界物語」滅ぶ国から絵画を持ち出す悪党に倫理はあるか? 絵の価値をめぐる鮮やかな物語 | アニメ!アニメ!

映画ドラえもん新作「のび太の絵世界物語」滅ぶ国から絵画を持ち出す悪党に倫理はあるか? 絵の価値をめぐる鮮やかな物語

敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝」第56弾は、『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』のコソ・ドロイロとイゼールの魅力に迫ります。

コラム・レビュー アニメ
注目記事
『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』場面カット(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』場面カット(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025 全 6 枚 拡大写真
    アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
    敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第56弾は、『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』のコソ・ドロイロとイゼールの魅力に迫ります。

毎年春休みの好例、『ドラえもん』映画の最新作『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』は、絵を描くことの素晴らしさをテーマにしている。ここ数年の『ドラえもん』映画の中でも屈指の面白さであり、その魅力を支え、テーマを浮かび上がらせるものとして敵役の存在感も抜群だった。

『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』

■滅んだ国の絵画をめぐる物語

本作は、ひみつ道具「はいりこみライト」で絵の世界に入って楽しむのび太たちの描写から始まる。冒頭のオープニングクレジットの映像では、浮世絵から印象派など、さまざまな絵画の世界に入ったドラえもんたちが描写され、いろいろな絵柄でキャラクターを動かしているのが印象的だ。

物語は、のび太のもとに突然、少女が森に迷い込んだ絵が落ちてくる。その絵の出所を確かめるために「はいりこみライト」で絵の世界に入ると、クレアという少女と出会う。そして、その絵の中にはドラえもんたちの入った者とは別の出口があり、そこを抜けると、かつて存在していた失われたアートリア王国につながっていた。

『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』場面カット

その頃、巷ではアートリアの城を描いた幻の絵画の発見でにぎわっていた。のちにジャイアンやスネ夫、しずかちゃんも含めてアートリアという未知の国の探検へと乗り出していく。そこで、クレアの親友、マイロという絵描きの少年とも交流があり、さらに絵画を巡って絵画泥棒との戦いが描かれていき、最後には空想上の怪物「イゼール」との鬼気迫る対決になっていく。

国が滅んだことで、アートリアの絵画や文献などはほとんど失われてしまったと思われる。ゆえにのび太たちもこの国についてほとんど知らない。国が滅ぶとその土地の文化も継承することができなくなることが身に染みる内容になっている。

■滅ぶ国から絵画を盗むのは、保護になるからアリ?

そんな本作には2つの敵役が登場する。1人はコソ・ドロイロという名の未来からやってきた絵画泥棒だ。彼は、ドラえもんと同じく未来から来た存在なので、ひみつ道具を駆使する者同士の対決は非常に見ごたえがある。

コソ・ドロイロは、その名の通りのコソ泥で子悪党に過ぎないのだが、絵画のアーカイブということに関して、考えさせることを言う。アートリアは滅ぶことがすでにわかっている。国が滅べば絵画も失われてしまう、だから絵画を盗んで何が悪い、むしろ、自分が盗むことで絵画だけは残せるのだと。

この主張には一理あるかもしれない。だが、彼はそれを私利私欲を正当化するために言っているにすぎない。彼が狙うのは金銭的に価値ある絵画だけ。彼の言動を正しいとするなら、金になる絵画だけが価値あるということになってしまう。本当に絵画の価値とは金銭的なものだけだろうか。

この問いは最後に生きてくる仕掛けになっているのが、本作の上手さだ。

■色を奪い取る狂暴なラスボス

『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』場面カット

コソ・ドロイロは「はいりこみライト」を悪用して、狂暴な赤き竜「イゼール」を具現化させてしまう。このイゼールは、国を亡ぼす災厄という言い伝えがあり、絵画にもなっている存在。この竜は対象の色を奪い去り、石化したように生命活動を停止させてしまうのだ。ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんたちも次々とイゼールによって色を奪われてしまう。

色を奪うというのは、絵描きにとっては恐ろしいことだ。今回の題材が絵であることを考えると最悪レベルの敵役と言える。このイゼールが暴れることによって、色彩豊かなアートリアはどんどん色のない世界になってしまう。

そんなイゼールももとをただせば絵から生まれた存在なので、水には弱い。この弱点を突いた作戦を立案してドラえもんとのび太が実行に移すのだが、最後に決め手となるのがのび太が描いた下手くそなドラえもんの絵なのだ。

この絵はマイロに触発されてのび太が自分の好きなものを描いたものだ。そこには描き手の心が込められている。絵画で重要なのは上手いか下手かではないし、金銭的価値があるかどうかでもない。心だとこの映画は伝えている。

最後に、歴史がわずかに改変されて、のび太の絵が遺跡として発掘されるが、テレビの評論家は下手くそだから価値がないと断定する。

しかし、このオチはコソ・ドロイロに対する回答にもなっている。金銭的価値があるもばかりが残ればいいというわけではない。下手くそかもしれないが心を込めて描いた絵に価値がある。だから、私利私欲で金目の絵画だけを盗むことには、正当性はないのだ。

心を込めて描いた絵画には、それだけで価値がある。そのことを伝える鮮やかなラストであり、そのメッセージを描くためのカウンターとして的確に敵役が造形され、配置された作品だった。


「敵キャラ列伝~彼らの美学はどこにある?」過去記事はコチラ
(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
ドラえもん

(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
映画ドラえもん のび太の地球交響楽

(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)

《杉本穂高》

特集

この記事の写真

/
【注目の記事】[PR]