●鉄鋼メーカー時代の経験がアニメ制作に活きた理由
――塩田さんのご経歴も拝見したのですが、新日本製鐵やコンサルティングなど、アニメとは別の仕事から業界に入っています。ビジネスの世界からアニメ制作会社に入った、大変だったことなどを教えていただけますか。
ポリゴン・ピクチュアズに転職した当時はコンピュータグラフィックスについて何も知りませんでしたし、アニメーションに特別な興味があったかと言われると、そうでもなかったんです。ただ、新日本製鐵という製鉄会社に勤めていたときの経験から、アニメーションの制作現場を見て、「これは製造業と同じことをしているんだな」と感じたんです。
当時は情報も少なかったのですが、ピクサーの映画がどうやって作られているのかを、みんなでクレジットを見ながら分析していくうちに、基本的には分業制でラインを組んでいるとわかってきた。これはまさに製造業と同じ構造だと確信しました。
――どのように製造業と同じだと思ったのでしょうか。
製造業では、原材料が工程を経て変化していくわけですが、CGの場合はその原材料がデータになります。クリエイティビティという点でも、鉄鋼の世界も相当クリエイティブなんですよ。膨大なバリエーションの鉄があって、それをいかに安定して、狙った品質で作るかは、ものすごい創意工夫の積み重ねです。
日本が誇る“カイゼン”の文化の中で、現場からボトムアップでアイデアを出し、プロセスを磨き込んでいく。その営みは極めてクリエイティブで、それはアニメーション制作のクリエイティビティに勝るとも劣らないものだと思います。CGも同じ分業である以上、製造業的な視点から制作というものに関わるのは、自分にとって意味があるのではないかと感じたのです。
●手描き100年、CG数十年の違いが生むマネジメント
――CG制作会社は、手描きスタジオに比べて進行管理がしっかりしていて、働き方も整っているイメージがあります。そうした点も含めて製造業と似ている部分が多いのでしょうか。
ここは歴史の違いがまず大きいと思います。日本のアニメーションは100年以上の歴史があって、そのほとんどを手描き作画が占めています。手塚治虫さんがマンガ制作から生み出した日本独自のアニメ制作ラインがあり、それを大きく変えないまま続けてきた背景があります。その結果、一連の制作工程が「紙と鉛筆さえあればできる」という前提で回ってきたわけです。つまり、インフラに大きな投資を必要としない形で、長い時間をかけて育ってきた産業なんですね。
一方でCGは歴史が短く、まず一連の制作工程を考案し、それをソフトウェアに落とし込んでアップデートしていく必要があります。データの流し方も常に見直さなければいけない。そうなると、多くの人を社員として抱え込まざるを得ないんです。当社とほかの3DCGスタジオでは作り方はまったく違いますが、いずれにしても社員として人を雇い、固定費として給与やコンピュータ、アプリケーションのコストを抱えることになります。この固定費が高い以上、それをいかに効率よく回すかは文字通り死活問題でした。
また、私は残業すればするほどクリエイティビティが増すとはまったく思っていません。最終的に作品の良し悪しを決めるのは、最後の20パーセントだと考えています。その「勝負の2割」にパワーを割くために、最初の8割をどれだけ効率的に進められるかが重要になります。デジタルで制作している以上、その8割を効率化するべきだという発想は、完全に製造業の経験から来ています。
私が社長になってから22年ほど経ちますが、多くのアニメ制作会社が制作事業単体では赤字になりがちな中で、当社は制作事業単体でも一応黒字を維持できていますし、スタッフの平均残業時間も常に月20時間を切っています。そういう働き方の部分も含めて、「製造業として考える」というのが大きなポイントでした。
――働き方がしっかりしているのは、3DCGスタジオの強みだと感じます。塩田さんご自身が制作の現場を見るうえで、大切にされているポリシーのようなものはありますか。
今は個別のプロジェクトに深く入り込むことはほとんどなく、基本的には会社全体を見る立場になっています。その上でいつも従業員に話しているのは、「社長の一番大事な役割は、会社の“ノリ”をつくることだ」ということです。会社の一体感というか、グルーヴを生み出す存在であるべきだと言っていて、自分のことを「グルーヴ・マスター」だと冗談まじりに呼んでいます。
会社のノリが乗っていると、物事は大体上手く回るんです。逆に、会社のノリが悪くなると、いろいろなところで失敗が起き始めます。その「ノリ」をどう制御するかが、社長としてものすごく大事な仕事だと思っています。だから、制作現場に対しても、細かい指示を出すというよりは、「皆が気持ちよく、グルーヴ感を持って仕事ができているか」を一番大切にして見ているつもりです。

