■音楽シーンを描くうえで心に決めたこと
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――『キャロル&チューズデイ』をきっかけに音楽面で新しい世界に触れた人は多いと思います。
渡辺:それは良かった。自分たちの世代は洋楽を聞くなんて当たり前のことだったけど、最近の若い人は外国の曲をハードル高く感じたりするみたいで。
そんなの、自分たちだって英語を全部理解してたわけじゃないし、誤解とか妄想で聞いてる部分も多かったわけで(笑)、気軽に聞けばいいと思うんですけどね。
そもそも、世界中にいい音楽がたくさんあるのに、日本のものしか聞かなかったらそのごく一部しか知らないことになって、もったいないですよね。だからこの作品が、洋楽を聞くきっかけになればいいな、とは最初から思ってました。
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――音楽アニメは数あれど、邦楽が主流ですからね。一方『キャロル&チューズデイ』は英語ネイティブの歌手を起用し、全編外国語の曲を作っています。
渡辺:世界のどこに持っていっても通じるものにしたかったので、自然とそうなりました。
――さらに映像が付くことで、歌の世界観が広がっていますね。映像はいつもどのようなイメージで作っているのでしょうか。
渡辺:今回は音楽シーンの表現として、「セリフによる音楽の説明を入れない、音楽を聴いている人のイメージを映像化しない」この二つを決めてました。
例えば、曲を聞いた誰かが、歌にかぶさって「なんて美しいメロディーなんだ…」とか「こいつはすげえ才能だ…」とか言ってるようなシーンは入れないと(笑)。
それは本来、ドラマ作りのセオリーとしては正しいんです。聞く人が美しいと思ってくれるかどうか分からないから、そこで補足するというのは。
でも、そんなマアマアの曲を台詞で補足なんて事はやりたくないから、絶対に最高の曲を作ってそんな説明はカットする。セオリーなんてクソ食らえと(笑)。
もうひとつは、曲を聞いた人が、例えば冬のイメージの曲だったりすると雪がふってくるようなイメージをアニメ的に描写する、というのも絶対やらない。
そんなのは、視聴者が曲を聞いて自由に想像するべきことであって、いちいちそれを映像化してイメージを押し付けるべきじゃない、そういう考えです。
■曲だけが成長しすぎないように
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――曲と本編の内容をシンクロさせたいというお話がありましたが、制作の工程はどのような形だったのでしょう? もともと曲があって、シナリオや絵コンテなどに着手したのでしょうか。
渡辺:先にストーリーがあって曲をオーダーする場合と、先に曲があってストーリーをそれに合わせる場合の両方ですね。
あと、歌詞と本編の内容をなるべくシンクロさせる事が必要なんで、歌詞のほうで内容に歩みよってもらった曲もあれば、内容が歌詞に歩み寄った時もあり、まったく偶然にシンクロした部分もあります。
たとえば「Fire」って言葉がいろんな曲で呼応し合ってますけど、これも偶然なんです。でも、いい作品ができるときっていうのは必ずそういうマジックが起きるものなんですよね。
あと、かなり前にできあがった曲でも、歌詞の内容を考慮してシリーズ後半まで温存したものもありますね。歌だけが先に成長しすぎないようにと。
――今作では、歌が流れるシーンではキャラクターも実際に演奏をしていることが多いように感じます。その一方18話「Only Love Can Break Your Heart」で落ち込んだチューズデイにキャロルが傘を差しだすシーンのように、演奏をしていない場面で歌が流れることもあります。
渡辺:いわゆる劇伴、BGMとして付けることもありますね。実は18話で流れる「Threads」は、12話「We’ve or Only Just Begun」でチューズデイが幽閉されているシーンでも使ってるんだけど、実は歌い手が違うんです。
12話ではキャロルとチューズデイの心が離れているシーンなんで、ふたりでハモると合わないんです。それで、この曲を作ってくれたキング・オブ・コンビニエンスというバンドのアイリック・ボーさんの仮歌をそのまま使わせてもらいました。
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仮歌とはいえ、すごくエモーショナルで、なおかつ自分の部屋で歌ってるような音質もシーンに合ってたんで、そのまま使わせてもらった。本人はこれを使いたいと言ったら驚いてたみたいですが。「えっ、仮歌だよ?」みたいな(笑)。
――あえて仮歌をそのまま使ったんですね。
渡辺:18話では、悲しいシーンではあるけどキャロルとチューズデイの心は離れていなくて、むしろ絆が強まるような感じなんで、キャロル&チューズデイが歌ってるバージョンを使ってます。どうでしょう、このデリケートな心遣い(笑)。
――音楽プロデューサーとしても活躍されている渡辺監督ならではのこだわりですね。キャロル&チューズデイのほかに、本作に欠かせないキャラクターとしてアンジェラが挙げられます。序盤から対比が多く、ライバルのようにも感じました。本作を描くうえでこの2組の設定はどのように作り上げていったのでしょう?
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渡辺:今回の作品では、音楽の世界を描くにあたって一面的ではない見せ方をしたかった。曲がヒットして、大スターになったら幸せになれるかというと現実はそうじゃない、だから「音楽の世界の光と影」のどちらも描くべきじゃないかと。
ただキャロチューに関しては、この世界の光を担うべき存在にしたかった。そして強い光を描くためには強い影が必要なんで、アンジェラのダークサイドも深くなっていったという事ですね。
アンジェラは最初はライバルキャラという想定で作ったキャラだけど、ストーリーが進むにつれ存在感が増していったし、シリーズ後半では主役じゃないの?という感じもありました。
それに関しては、TVシリーズって主役を食うぐらいのキャラがいたほうが面白いと思うんで、これでいいんじゃないかなと。最後はキャロチューが締めるから、って決まってたからこその展開でもありました。
あとラストは、ライバルと戦って勝った、負けたという関係を最後には超越してほしかったので最後はこういう形になりました。
■AIの描き方は『マクロスプラス』からどう変わった?
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――渡辺監督とAI、そして音楽といえば『マクロスプラス』を思い出します(※)。これは河森正治監督との共同監督作品ですが、AIと人間の歌が登場しましたね。
※『マクロスプラス』は、渡辺信一郎氏の監督デビュー作にあたる。1994年から1995年にかけて発売されたOVA作品だが、人工知能でありながらバーチャルアイドルとしても活躍するシャロン・アップルの描写が時代を先読みしていたと言える。
渡辺:まあ当時はAIって言葉すら珍しかった時代なんで、AIが人間を凌駕する恐怖みたいなのが共通認識としてありました。今回はそこから一歩進んで、「充分に進化したAIは、人間と区別がつかない」という考え方に基づいてます。
つまり、人間と同じように、AIにもちゃんとした奴もいい加減な奴もいる。信用できない奴もいれば詐欺をはたらくような奴もいる。法律を守らない人間がいるように、ロボット三原則なんて守りゃしないAIもいる、ということです。
進化した描き方をした結果、このようないい加減なAIがいろいろ出てくることになったのだと(笑)。決してつくり手がいい加減なわけではない、というのは強調しておきましょう(笑)。
――4話でAIのイデアが作ったMVも、いい意味で雑でしたね。
渡辺:実は、あそこに出てくる雑なCGのカットは本当に制作途中のものなんです。わざとブラッシュアップしないで、作りかけのラフなやつを「これ以上やんなくていいから」とそのまま使いました。何度も「本当にこれでいいんですか」と念を押されたけど(笑)。
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