アニメ・マンガに目がないアニメ!アニメ!編集部が、まだアニメ化されていないけれどぜひ紹介したい注目作をお届けするコラム<おすすめマンガ手帖>。今回取り上げるのは、小日向まるこが手掛けたコミカライズ作品『塀の中の美容室』。原作は桜井美奈による同名小説で、2025年には奈緒主演で実写ドラマ化も果たした話題作だ。
女子刑務所の中にある美容室を舞台に、「髪を切る」という行為を通して描かれる女性たちの“再生”――。受刑者であり美容師でもある女性と、髪を整えに訪れる客たちとの間でゆっくりと流れる時間を、コミカライズならではの柔らかなタッチと繊細な表情で描き出す。塀に囲まれた狭い世界の中に、限りなく広がる“空の青さ”が息づいている。
すでにドラマとしても高い評価を得た本作だが、静かな空気や心の機微を丁寧にすくい上げる小日向の筆致は、映像とはまた違う余韻を残す。アニメという表現でこの“青空”を見てみたい――そんな期待を抱かせる、人間ドラマの逸品だ。

※以下の本文には“ネタバレ”に触れる記述を含みます。読み進める際はご注意ください。
◆私はこれから髪を切られる。受刑者に――
ところどころが跳ね、毛先が乱れた長髪は、ファッションとして伸ばしたものではなく、手入れが行き届かず“伸びてしまった”ものであるとわかる。その髪の持ち主である女性は、鋏を手に自分の背後に立つ人物を意識しながら、スタイリングチェアに腰かけつつ緊張の面持ちで独白する。「私はこれから髪を切られる。刑務所の中の美容室で、受刑者に――」。
彼女――芦原志穂は、週刊誌の記者である。女子刑務所にある美容室の取材は、読者ウケのいい「女の不幸」ネタを拾いに行け、という上司の指示によるものだ。念願の肩書きだが気の進まない内容が多い仕事、その多忙さから疎遠になる一方の交際相手との関係に悩む志穂の顔つきは、暗い。朝から新幹線に乗り、電車に揺られ辿り着いた街。はたしてどんな人がいるのか……と訪ねた女子刑務所は、拍子抜けするほど特徴のない外観であった。
カット900円、シャンプー500円。事前に支払うよう指示される代金は、驚くほど安い。店内ではスマホは使えない。男性や子どもの利用、ペットの同伴はできない。取材のため許可される美容師との会話も、本来はできない。刑期がそれなりに長くなければ、美容師の国家資格は取得できないはず。「犯罪者に刃物を持たせて、何かあったらどう責任を取るんですか?」。志穂が指摘すると、所長の大池は「会っていただければわかりますよ」と穏やかに微笑む。
「あおぞら美容室」は、一般の利用者向けだけに普通の面構えをしていた。「わあ…。空の中みたい…」。扉を開けた志穂の口から、思わず感嘆の言葉が漏れる。店内には晴れわたる青空のような内装が広がっていた。「お待ちしておりました。どうぞ中へ」。親しみやすい調子で店番を務める刑務官の菅井と話していたところに、美容師の小松原葉留が声をかける。
とても美人だが、彼女は重い罪を犯した人……。首にタオルを巻かれる志穂の反応に、つい警戒心が出る。「こんな姿、好きな人に見せてたのか…」。カットを予約した志穂は葉留に要望を聞かれ、交際相手との初デート日まで遡る長さを切ってほしいと伝えた。「………承知しました」。最後に髪を切ったその頃を思い出す志穂の髪に、葉留の、受刑者の鋏が入る。
◆女子刑務所内の美容室で紡がれる、女性たちの「再生」
春先、最寄りの繁華街にある大型家電量販店が「刑務所作業製品」の展示即売会を初めて開く、との告知を行っていたのが思わず目に留まった。日常的には馴染みのない言葉だが、字面からその意味はすぐに分かる。受刑者によって刑務所で製作された製品だ。調べてみると、最近ではより広く親しまれるよう「CAPIC」というブランド名を打ち出しているらしい。
この「刑務所作業製品」は、専門技術を持つ作業専門官の指導のもとで作られるだけに品質が高く、営利目的ではないため価格も安い。そのうえで、売上の一部は犯罪被害者支援団体の助成に充てられる。書き出すと良いこと尽くめのように思われるが、しかし積極的に利用したいと考える人がいれば、そうではない人もいるであろうことは容易に想像される。「受刑者、罪を犯した人が一般社会に関与すること」に対する向き合い方は難しい。最終的には各々の倫理に基づくためだ。ここまで考え、ふと本棚に差しているマンガで、一際晴れやかな顔をした一冊が浮かんだ。それが、小日向まるこによる本作『塀の中の美容室』だ。
原作は桜井美奈による小説で、2025年には奈緒を主演に迎えて実写ドラマ化も果たした。冒頭に一端を記した志穂のエピソードを皮切りに、女子刑務所内にある美容室で鏡の前に立つ受刑者の美容師・葉留と、客として訪れる女性たちの物語を紡ぐ。岐阜県の笠松刑務所に実在する「みどり美容院」をモデルとしており、本作の執筆にあたっても取材が行われたそうだ(YouTubeに地元新聞社が取材した美容院の動画があるので見てみるとよいだろう)。
連作短編集として書かれた原作小説と同様に、このコミカライズも各話が独立しつつもゆるやかに繋がっていく。通読すれば最終話「小松原奈津」とエピローグで爽やかな感動に浸れる構成なのだが、それはぜひ手に取ってもらった際に楽しんでもらうものとして、本稿ではコミカライズにおける大きなエッセンスとなっている第3話「鈴木公子」に触れたい。
78歳の公子は、夫に先立たれ、老いや病、そして死によって同年代の友人たちとも分かたれた末に、ひとり生まれ育った“白い塀のある街”に戻ってきた。これから退屈な日々が続いていくことを憂う彼女はある時、その白い塀の中から現れた女性――志穂と出会う。公子がここ(刑務所)から出てきたのと聞くと、志穂は“素敵な美容室”で髪を切ってきたと答える。他人との交流の機会がめっきり無くなった公子にとって、髪を短く切り爽やかな笑みを浮かべた志穂の顔は印象に残ったらしい。雨降るあくる日、公子はその美容室へと足を運ぶ。
残りの人生、あとはもう退屈なことばかり……と悲観する公子は冒頭から無表情・無感動なのだが、「あおぞら美容室」の店内に広がる青空を見て、ここで初めて頬にうっすら朱が入る。葉留と菅井にもそっけなく、葉留が提案・施術したカットの仕上がりにも「期待してないから気にしなくていいのよ」とまで言ってしまうが、後からふとその物言いを後悔する。
そして別の雨の日、公子は再び「あおぞら美容室」を訪れる。ここのスタイリングチェアから店内の青空を見上げる描写、その際の公子の表情は印象深い。次はシャンプーとトリートメントを、と告げて帰路に就く公子は、「不思議な場所ねぇ」と美容室を振り返る。「あおぞら美容室」が、雨模様が続くかと思われた公子の日常に思わぬ晴れ間をもたらしたのだ。
水たまりを覗き込むと、そこに映った自分はやけによい顔をしている。雨も楽しめるようになった公子が、「あおぞら美容室」に通いつつ日々の生活に自ら、積極的に彩りを取り入れていこうとする一連の姿は微笑ましい。やがて「あおぞら美容室」でも、葉留の施術を受けながら穏やかな表情で菅井と談笑するようになるなど、公子の様子はすっかり一変する。そして葉留は、公子がメニューを上から順に試していることに気付き、嬉しそうに微笑む。著者の小日向は柔らかい筆致を持ち味としているが、公子の変化の描写にはその長所が特に生かされた印象だ。本編を貫く「再生」を強く印象付ける、本作に欠かせない一編である。
◆塀の中でしか見えない、塀の中だからこそ見える空の青さ
「ここでは彼女たちは、『井の中の蛙』ですから」。第1話「芦原志穂」において、志穂に美容室の内装を青空にした理由を訊ねられた所長の大池は、このように答える。志穂はその意図をくみ取って「『されど空の青さを知る』ですか」と返し、大池は微笑む。狭い世界にいるからこそ、ひとつのことを深く知ることができる、の意だ。塀の中でしか見えない、塀の中だからこそ見える空の青さが、立ち止まっていた女性たちをそれぞれに後押ししていく。
受刑者を主人公とする人間ドラマ、という社会派の内容だけに、メディア化としては昨年行われた実写ドラマ化こそうってつけなのだろう。だが、随所で象徴的に登場するそんな青空の描写、そして物語においては特に、最終話「小松原奈津」における葉留と奈津のやり取り(原作小説とコミカライズで、それぞれ余韻を効かせてある箇所が異なるのが上手い)は異なるメディア、つまりはアニメではどのような表現がなされるのか見てみたいものだ。女性たちの「再生」に想いを馳せ、その足取りに元気をもらえるようなあたたかい感動作である。

