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「クスノキの番人」「閃光のハサウェイ」「超かぐや姫!」―それぞれの作品の“立ち位置”を探る【藤津亮太のアニメの門V127回】

1月下旬に相次いで公開・配信された長編アニメーション3作品――『クスノキの番人』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』『超かぐや姫!』――は、「語る」と「魅せる」のバランスが、皆それぞれに異なっている。そして皆それぞれに魅力的に出来上がっていた。  

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 『超かぐや姫!』は、「魅せる」のベクトルのほうにぐっと傾いた作品だ。物語は非常にシンプル。ゲームやメタバース、配信者などといったにぎやかな題材と、『かぐや姫』を組み合わせた内容で、特に作品前半は「魅せる」要素で観客を牽引していく。そして作品の最後のブロックで「魅せる」から「語る」にシフトチェンジする。  

ここで大事なのは、VR世界「ツクヨミ」や、そこで繰り広げられるゲームやライブは確かに「魅せる」要素ではあるが、それだけでは「魅せる」ことが成立するわけではない、ということだ。本作の「魅せる」の核にあるのは、キャラクターの愛嬌だ。主人公の彩葉もかぐやも、コロコロと表情が変わって観客を飽きさせない。  

当然コミカルな、いわゆる“崩し顔”がちょくちょく登場するのだが、それが(当然ながら)記号的でありながら、いい感じに生っぽい。この「記号的/生っぽさ」の曖昧な領域にそのキャラクター固有の愛嬌が生まれている。それが端的に見てとることができるのが口元の表現だ。  

「生っぽい」というのは決して現実模倣的(リアル)というわけではない。むしろ口が絵でしか描けない奇妙な形、奇妙な線になった瞬間に、キャラクターの感情――それもその刹那の瞬間の感情――と、しっかりリンクしていて、その感情とのリンクが「生っぽい」という感覚を生むのだ。  本作は、普通に口を閉じているときも、一本の線で描かれながら、上唇が下唇の上に乗っていることがわかるように描かれている。この現実味のある線が、彼女たちの感情のアップダウンにあわせて、さまざまな形に変わる。こうした魅力は、序盤に登場する、夜中にふたりがオムライスを食べながら会話をするシーンなどがわかりやすい。  

こうして描かれたキャラクターの愛嬌が、観客のシンパシーを醸成して「このキャラクターをもっと見ていたい」という方向で物語を牽引していく。この延長線上にゲームでのバトルもライブシーンも存在している。そして観客が彩葉とかぐやのことを好きになってしまえば、終盤の「語り」が前面に出てくる展開まで十分楽しんでもらえる。つまり本作では、「魅せる」ことが「語り」を支える推進力に直結しているのである。    

「語る」と「魅せる」。このふたつのベクトルを意識しながら見ると、その作品の立ち位置が非常にクリアに見えてくる。

【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。


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