ウルフは、ヘラの幼馴染だ。子供の頃、親にかくれて遊んでいたふたりだったが、あるとき、ヘラがウルフの左目を傷つけてしまう。ヘラは、ウルフに親しみと、自分のしてしまったことの負い目を感じてはいるが、それは男女の愛情ではなかった。ヘラから見ると、優しさから手を差し伸べてあげたい気持ちはあるが、そうではない方向へとどんどん進んでいってしまう存在がウルフなのだ。
ウルフの心情を表しているのは、首元に黒いファーがついたマント。これは父フレカが着ていたものだ。当然、序盤の評議会のときには着ておらず、再登場しローハンに戦争を仕掛けようとするシーンから、このマントを身にまとっている。これはつまりウルフの復讐心の象徴なのだ。
ヘラとの最後の決闘のとき、ウルフは最初このマントをまとっている。しかし戦いの最後の最後のときには、このマントは脱げてしまっている。マントが脱げてしまったウルフは、それまでの険しい表情ではなく、どこか悲しげな、「どこで自分は間違ってしまったのだろう」という表情を浮かべている。
そもそも中盤に王冠をかぶり王座に座るシーンがあるが、そこでウルフはただひとりだ。民が皆脱出した王都、焼けてしまった王宮、そこでただ王を名乗ることの虚しさ。ここでウルフが鏡を覗き込む芝居があるのは「俺がほしかったものはこんなものなのか」という自問であろう。
そして父の仇であるヘルム王が死んだことで、彼はまったく目標を見失い、さらにさらに「虚無」へと向かって進んでいくことになる。そんな彼が復讐心のマントを脱ぎ捨て、ふと我に返ったとき、眼の前には、自分と結婚したかもしれない女ヘラが、花嫁姿で剣を振るっている。それはあまりに皮肉な展開だが、それがウルフの選んだ人生の果てだったのだ。
本作は『ローハンの戦い』というタイトルだが、その実質は『ヘラの戦い』である。そしてその戦いを通じて、ヘルムとの「親子の愛情」、オルウィンとの「精神の継承」、ウルフとの「人生のすれ違い」という3つのドラマを重ね合わせて描いたのが本作だったといえる。
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【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。