では、それらがそのまま「アニメーション映画」と呼べるか、というとそれは難しい。しかし「アニメーションにきわめて近似した制作工程で作られた実写映画」であることはことは間違いない。ただ一方でそうではない実写映画も存在する。こうなってくると「実写/アニメ」という区別よりも、「ショットの映画」と「カットの映画」という別の二分法で物事を考えるほうが自体をクリアに理解できるのではないだろうか。
そこで冒頭に書いた通り『ニッツ・アイランド』のトークが終わったあと、『他なる映画 1』を読み進めながら「ショットの映画/カットの映画」ということについて漠然と考えているのである。
そこでもう思い浮かんだ存在が「ロトスコープを使ったアニメーション」だ。ロトスコープ作品は、この「ショットの映画/カットの映画」のどこに位置づけることができるのか。
おそらくこれは「ロトスコープだからどちらか」というふうには分類できないはずだ。ポイントは、ベースになる実写映像をどう撮影しているかだろう。「カットの構想が先立っているか(素材撮りなのか)」、「シュート優先で撮影し、それをアニメで再表現しているか」で変わってくるはずだ。ひとくちにロトスコープといっても、そこには「ショットの映画」と「カットの映画」が入り混じっていることになる。そう考えると『ニッツ・アイランド』以上に、ロトスコープこそ境界領域に存在する表現手法であるということになる。
『ニッツ・アイランド』を考えていたら、結果として「アニメとは何か」という問いそのものを掘り下げることになってしまった。このような「領域の境界線がどこにあるか」という思考を刺激してくるところも、『ニッツ・アイランド』が刺激的な作品であることのひとつだ。
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【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。