「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」“2016年版”とのテーマの違いは? 片渕須直監督が明かす【インタビュー】 | アニメ!アニメ!

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」“2016年版”とのテーマの違いは? 片渕須直監督が明かす【インタビュー】

片渕須直監督、こうの史代原作の映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に(以下2019年版)』が12月20日より公開される。

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劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会
劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会 全 6 枚 拡大写真
片渕須直監督、こうの史代原作の映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に(以下2019年版)』が12月20日より公開される。

2016年に公開された『この世界の片隅に』(以下2016年版)は、口コミで評判を広げ、大ヒットを記録。封切りから途切れることなく上映が続き、3年もの驚異的なロングランを記録した。

今回公開される「2019年版」は、「2016年版」に250カット以上もの追加シーンを加えたものとなる。
ただシーンを増やしただけではない、別のテーマを持った独自の映画として生まれ変わっており、すずさんの人生をより深く掘り下げた作品となっている。

公開直前の多忙な最中、片渕須直監督に本作について話を聞いた。

片渕須直監督片渕須直監督
※本文中にて、追加シーンの内容ついて触れております。なお、本インタビューの実施にあたり、筆者と編集部が鑑賞したものは約2時間40分の[特別先行版](東京国際映画祭で披露されたバージョン)であり、さらなるシーン追加の作業中というタイミングだった点をご理解ください。

■新たなリサーチで得られたもの


――2016年版を作り終えた後もリサーチを続けているとうかがいました。それは最初から長尺版を作るつもりだったということなのでしょうか。

片渕:今回に限らずリサーチはずっと行ってきたことなので、一旦アンテナを立ててしまったら、それに向けてどんどん新たな情報が集まってきますし、自分でも色々気になるんです。

例えば、2016年に作った映画でも広島の中島本町を、あの時点でわかった情報を基にして描いていますが、作り終えた後から新しい情報が出てきたりしたので、これならもっと描けるなと思ったんです。

――新たにリサーチしてわかったことは、具体的にどんな風に反映されていますか。

片渕:作中で中島本町の大正屋呉服店という建物を描いています。今その建物は、広島平和記念館のレストハウスになっているんです。
つまり、原爆の爆心地から170メートルしか離れていないのに建物が残り、今も使われている。

それをなぜ描くのかというと、実際に触れるものを映画の中に出したかったからです。スクリーンに投影される映画は手で触れられないメディアですが、その建物自体は、原爆ドームとも異なり今も実際に使用されていて、触りに行けるわけです。
そして、それはずすさんが佇んでいた場所に、自ら立つことができるということでもあります。

その建物は3階建てなので、映画は横長のフレームですから、その建物を描くとどうしてもフレームの隅の建物も描く必要が出てきます。
で、その建物の近くに大津屋モスリン堂というお店があったのですが、2016年版の制作中にはその店の写真は不鮮明なものしかなかった。

でも、その後、大津屋さんのお孫さんから当時お店で使用していた包み紙が残っていたのを、一枚いただくことができました。
さらに平和記念資料館で、既存よりも解像度が高くて、トリミングされていない写真が出てきたんです。包み紙のお店のロゴと写真を合わせて見直してみると、聞いた話よりももっとモダンなセンスの建物だとわかった。そういうのを今回の映画で描き直しています。

作中に出てくる建物は、ほとんど実在したものです。どうしてそこまでやるのかというと、作品自体がタイムマシンみたいな効果をもたらすからです。
あの時代、あの場所に、映画を観た人が訪れたような感覚を味わってほしい。
作品はずっと残るものですから、間違ったものは残したくないですし、細かい点まで絵空事にはしたくないんです。
これは2016年版の時から一貫している点です。

劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会
ただ、今回の『さらにいくつもの片隅に』は2016年版『この世界の片隅に』とはテーマが異なります。
2016年版は、タイムマシンで当時に行った気分になり、当時の代表者としてのすずさんと出会うことがテーマだった。
対して2019年版は、時代の代表者としてのすずさんではなく、あくまで一人の人間としてのすずさんを描いています。

あの時代のひとつの例として、すずさんのような人が、個人的な悩みや苦しみや喜びを抱きながら生きていたことを描きたかったんです。

――2016年版よりも、すずさんの状況がより深刻に感じるようになりました。

片渕:2016年の映画では、すずさんを外側から見つめるような感じでしたから、ボーっとしていて面白いことをする人だなという印象があるかもしれません。
そういう人も実際はこんな悩みを抱えて生きていたんだということです。

現実世界の私たちも同じですが、同じ人間でも視点によって印象はガラりと変わる。いわゆるアニメの記号的なキャラクターや設定というレベルではなく、ひとつの人格を持ってそこに存在しているすずさんを描きたかったんです。

■追加シーンで既存シーンのイメージも劇的に変わる


――追加されたシーンによって、2016年版にもあった既存のシーンにも全く異なる緊張感が生まれていました。すずさんが北條家に居場所がないと感じていたことの説得力が増しているので、居場所の大切さもより浮き彫りになったように思えました。

片渕:そうなんです。それが今回の作品の中核だと思います。

劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会
――すずさんと周作の結婚生活は、原作以上に複雑なものという印象を受けました。原作にないセリフもありましたね。

片渕:周作が、なぜすずさんを嫁にすることになったのかは、原作にもはっきりとは描かれていませんが、小林の伯母さんがポロッと匂わせるようなことを言っていますよね。
理由は明言されていなくても必ず何か理由はあるはずです。

あの伯母さん夫妻は、結婚式の時も両家の人間以外で仲人として唯一出席しているわけですけど、いろいろ事情を知っているんですよね。ですので、周作の結婚の顛末を伯父と伯母のセリフで語らせています。

だけど、これはあくまで解答例の一つに過ぎません。あの夫婦が周作の本当の気持ちだとか、心の事情を理解しているかというと、それも違うと思うんです。
周作の想いはもっと別のものかもしれないのだから、あの人たちが言っていることもそのまま鵜呑みにしてはいけないんです。

――そう聞くと、この作品は実はとても怖い作品だと思えてきます。

片渕:そうかもしれません。アニメや映画は、表面のストーリーを全てとして捉えられがちですが、自分たちの生きているこの世界と同じレベルの深さを描くとどうなるのか、というのが『この世界の片隅に』『さらにいくつもの片隅に』という作品たちなんだろうと思います。

――最も大きな追加シーンはやはり白木リンさんのエピソードになると思いますが、彼女は本作においてどういう役割だと位置づけていますか。

劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会
片渕:これは、すずさん演じるのんちゃんが言っていたことなのですが、リンさんはすずさんに絵を描いてほしいとお願いした唯一の人なんです。すずさんが自分から他の人に絵を描いてあげることはありますが。

周作は途中まですずさんが絵を描くことを知らなかったくらいです。つまり、リンさんはすずさんにとって自分を肯定してくれる存在なんです。

すずさんは北條家の嫁になる前は、年子の妹のすみちゃんや同級生もいたけど、北條家には年上の人ばかり。
そういう状況で同世代のリンさんと出会って、自分の絵を認めてもらえるわけですね。

そういうリンさんと周作の間に関係があるかもしれないとわかった時、普通なら嫉妬で周作を取られるかもしれないと心配すると思いますけど、すずさんの場合はリンさんが遠ざかってしまうかもしれないと心配することになるんです。

――あ、「周作を取られる」ではなく、リンさんが遠ざかってしまうことを心配すると。

片渕:そう。すずさんの心には床下があるんです。床下のすずさんはボーっとしているわけでもない、地上階のすずさんは絵を描くなくてもいいやと考えているけれど、床下では、本当は絵を描くことで自分を表現できると思っていて、そのことを認めてもらえた安堵感を得られたのが、リンさんとの出会いなんです。

――今回初登場となるテルさんもまた、すずさんの絵によって励まされる人として登場しますね。

片渕:花澤香菜さんにテルちゃんを演じてもらいましたが、素晴らしい演技をしてくださいました。
テルちゃんは薄幸さの中でかろうじて自分を保っていて、死んでしまってもいいみたいなことを言いつつも、なお何かでありたいと思っている。

そんな複雑な存在を見事に演じていただきました。新たに追加したシーンの中でもテルのシーンはすごく大きな意味を持っています。

劇場アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(C)2019 こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会
――リンさんやテルさんのシーンが増えて、2016年版よりもさらに女性の物語という面が強くなったと思います。この作品は女性の物語なんだということをやはり意識されたのでしょうか。

片渕:確かに女性の物語ですが、実は今作業中の追加シーンでは当時の男性が何をやっていたのかを描こうと思っています。
終戦の日、男性は設計図を焼き、女性たちはご飯を炊いている。男性たちは建設的なことをやっているつもりだったはずなのに、終戦の日にそれを一日で灰にしてしまうわけですが、追加シーンで終戦の日に焼いていた設計図をどう使っていたのかを描いています。

――それは原作にもないシーンですね。

片渕
ないです。でも原作自体がリアルな場所と時間を踏まえて描かれているので、当時そこにいた人が何を作っていたかは調べればわかります。
周作のお父さんの経歴は書かれていますし、そうするとどこの工場に勤めていたかもわかるので、何の製品を作っていたかもわかります。

2016年の映画でも原作にない、2000馬力のエンジンについてのセリフを入れましたが、そのエンジンを作るために苦労していたお父さんの職場をもう少し描く予定です。

――それが加わると、さらに別の印象を持った作品になりそうです

片渕:そうですね。これは女の人たちが営む日々の生活の反対側にあるものだから、足そうと思ったんです。
その他、これは原作にもあるシーンですが、水原哲の子ども時代のすずさんへの接し方をもう少し描こうと思っていて、すずさんの髪の毛をひっぱったりするシーンを追加します。

さらに昭和20年9月の枕崎台風のシーンも追加する予定です。今年も去年も全国で台風や豪雨の被害が相次いでいますよね。
枕崎台風は、原作では戦争が終わった後の開放感をみんなで味わうみたいな趣旨で描かれていますが、実はあの台風での呉市の死者数は戦時中の死者数を超えているんです。

すずさんの人生は、戦争が終わって終わりじゃない、戦争がなくても人は死んでしまう、その先にも続く人生にもより価値を出せると思って台風のシーンも入れることにしました。

■生活をアニメで描くことの威力


――片渕監督は、これまでも人々の生活をアニメーションで描いてこられた方ですが、それを実写ではなくアニメーションで描くことの意義やメリットを、改めてお聞かせいただけますか。

片渕:実写でもできることだと思いますが、アニメーションで描くことで一層いろんなものが際立つと思います。
生活を描くことで、人の存在を描けますし、あの四頭身の人が「自分の存在が」とか言い出すと、より深刻な感じがしますよね。

――おっしゃる通りで、人間の日常生活は実はこんなにドラマチックだったのかと、アニメーションで描かれることで改めて気付かされます。

片渕:そうなんです。自分の身の回りのことは普通過ぎて気が付かないものなんですけど、それが映画にすると気がつくことがあります、それをさらに絵で描かれた映画にすることでさらに気が付きやすくなるんです。

――この映画はご飯が炊けるだけでも感動的なんです。実写映画ではご飯が炊けるだけで感動させるというのは難しいことですよね。この映画を観ると、実はご飯が炊けるということはすごいことなんだと思えてきます。

片渕:そうです。アニメーションにはそういう威力があるんです。

《杉本穂高》

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