「見えない空気を描く」アニメ脚本家・吉田玲子の原点となった作品とは?【インタビュー】 2ページ目 | アニメ!アニメ!

「見えない空気を描く」アニメ脚本家・吉田玲子の原点となった作品とは?【インタビュー】

『きみと、波にのれたら』の湯浅政明監督、『ガールズ&パンツァー』の水島努監督などヒット作を手掛けるクリエイターから引っ張りだこの脚本家・吉田玲子にインタビュー。後編では、アニメ脚本家として活躍する吉田さんの素顔に迫る、踏み込んだ質問もさせていただいた。

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『きみと、波にのれたら』(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
『きみと、波にのれたら』(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会 全 5 枚 拡大写真

■取材を通して“当たり前”を見つける



――『映画けいおん!』ではロンドンにロケハンに行かれたそうですね。『ガールズ&パンツァー』では戦車に乗られたそうですし、吉田さんにとって取材は重要なのかなという印象を持っています。

吉田:前に実用書などの編集をやっていたので、そのときに資料を読んだり取材したりしたこともあって、基本的にそういうのが好きなのかもしれないです。

今回の『きみと、波にのれたら』では、港(ひな子の恋人。海の事故で命を落としてしまう)が消防士なんですが、実在する仕事を書くときは、表面よりも中身が知りたい。どういう生活をしてるのか、どういうことを考えて仕事してるのか。そういうところに触れるのがすごく大事だと思っています。なので取材ができるならなるべくするようにしています。

『きみと、波にのれたら』場面カット(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会『きみと、波にのれたら』場面カット

――今回の『きみと、波にのれたら』のロケハンはどうでしたか?

吉田:消防庁に2回、あと海の近くということで湘南の消防署にも行ってお話を聞きました。海の近くなので海難救助の訓練をしていたり、海難救助用のボートが組み込まれた消防車も見せていただきました。

――取材をされて、消防士に対するイメージに変化はありましたか?

吉田:当たり前なことかもしれませんが、仕事に対する姿勢やプロ意識が予想以上に高くて驚きました。そこは劇中でもしっかり描こうと思いました。

――これまで吉田さんが携わった作品の中で、特に印象に残っている取材は何ですか?

吉田『ガールズ&パンツァー』です。まさか自分が戦車に乗るとは(笑)。

――戦車の取材に行くとなった際、何を知ろうとして、どんな準備をしました?

吉田:準備したのは、乗り降りするのに動きやすい靴と服装です。「油まみれになるかもしれないから、汚れてもいい服装で」と言われて。
経験できてよかったことは、実際の乗り心地です。

――実際どうでした?

吉田:「これ、ホントに女の子が乗って操縦できるのかな!?」と思いました(笑)。

――「戦車の中が暑い」というセリフは、吉田さんの体験からだそうですね。

吉田:窓もないしムレムレなんですよ! まぁ装甲車なので、そうでないと弾で撃ち抜かれちゃうので。

――『若おかみは小学生!』では旅館の取材に行ったとうかがいました。そこではどんな発見がありましたか?

吉田:『若おかみ』では高坂希太郎監督が虫を出すことにこだわりがあったんです。最初、虫を怖がっていたおっこが、最後は怖くなくなるという。

でも私としては、旅館って食べ物を出すところだから、虫がいるっていうのはどうなんだろうと否定派だったんですね。でも実際に取材にうかがってみたら、朝食のとき若い女将さんが、大きなクモが出てきたときにパッと掴んで外に出していたんです。

「あ、そうか。こういう山の中の旅館で虫が出るのは日常茶飯事だし、お客様の前で殺生するのもなんだからそうやってパッと出すんだ」と取材で納得しました。

――なるほど。たしかにそういった感覚は、現地に行って、実際に見てみないとわからないですよね。

吉田:ええ。取材では、自分たちの常識ではなく、この人たちにとっての常識や普段の行動を見ることが大事かなぁと思いました。

■第一印象で「書きたい!」と思う作品のほうがうまくいく



――多作かつ多彩な作品に関わられている吉田さんですが、ご自身の脚本家としての強みや長所は何だと思いますか?

吉田:どうだろう……あんまり考えたことがないですけど、自分の傾向として、ヒーローよりも、隅っこにいる人を書くのが好きだなぁというのは自覚していますね。
すごく能力があるよりも、何かコンプレックスを持っていたり、めげやすかったり、自分を信じられなかったりする人たちを描くのが好きかなっていう気はします。

――たくさんのオファーがあるかと思いますが、物理的にも全ての仕事は引き受けられないですよね。どんな基準でお仕事をされていますか?

吉田:書き始めの頃はどんなものでも書いてみたかったし、新人だから仕事があるだけでありがたかったんですけど、だんだんやっていくうちに、「自分はこういうのが好きなんだな」という好みが分かってきました。

やっぱり第一印象で、「書いてみたいな」「ワクワクする」という作品はうまくいく印象です。最初にお話をいただいたときに「これ書きたい!」と思うかどうかを大切にするようになってきましたね。

――どういう作品、要素に心が惹かれるんでしょうか?

吉田:たとえば、今回の『きみと、波にのれたら』の場合、「湯浅監督が全力でラブストーリーをやる」というところがワクワクポイントでした。私、自身「見てみたい!」って。

『きみと、波にのれたら』場面カット(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会『きみと、波にのれたら』場面カット

今回、湯浅さんは「とにかく大勢の方に見てほしい」という思いを強く持っていらっしゃったので、『夜明け告げるルーのうた』のときよりも、周りの意見も柔軟に取り入れていこうという姿勢で臨まれていた感じでしたね。

■何かを選ぶというのは、きっと傷つくことを選ぶこと



――『若おかみ』では、「両親の死」が物語上大きな意味を持ちますが、同じく『きみと、波にのれたら』でも大切な人の死が描かれます。

吉田:「死」を描くことについては、自分が年齢を重ねてきたこともあると思いますが、いろんな人や出来事に出会ったりするけど、人だけでなく風景だったりも失っていくことも多いなと感じはじめてきて。その気分がちょっと反映されているかもしれないですね。

――年齢を重ねてきたからこそ描けるものはありますか? 「若い頃には書けなかったな」とか。

吉田:そうですね……やはりだんだんと、命の重みを実感するようになった気がします。

――本作の執筆で難しかったことは何ですか?

吉田:恋愛ストーリーですが、ただただ甘い話にならないように気をつけました。主要人物は4人と絞っているので、それぞれの心の軌跡をしっかり見えるようにと、そこをどう見せていくのかが一番難しかったですね。

――恋愛ものの作品も多く手がけられてきた吉田さんですが、恋愛を描くにあたり時代の空気も織り込まれているかと思います。今の時代の恋愛観をどのように捉えていますか?

吉田:港の妹である洋子がその気分かもしれないですが、自分が傷つくことを恐れている人が多いのかな、という気がします。
SNSが発達した影響もあると思いますし、「他人から傷つけられたくない」「否定されたくない」という気持ちと同時に「わかってほしい」「孤立したくない」という気持ちをみんな持っているのかなという気がします。

『きみと、波にのれたら』場面カット(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会『きみと、波にのれたら』洋子

――完成した映画をご覧になった感想は?

吉田:ひな子が可愛らしかったですし、今言ったような今の若い子の気分を代表してくれたようなキャラクターになっていて安心しました。
何かを選ぶことは、きっと傷つくことを選ぶことだと思うんです。何か目標をもって取り組むと挫折もあるけど、踏み出さないと何も動き出さない。それは恋愛に限らず、あらゆることに共通しているんだろうなと思います。

『きみと、波にのれたら』場面カット(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会『きみと、波にのれたら』場面カット

――数々のヒット作を手がけられてきた吉田さんですが、アニメ脚本家として今後の展望はいかがですか?

吉田:そうですね……こうなりたいという明確なものはないのですが、強いて言えば、誰かに光を当てるような、誰かの背中を押すような作品をこの先も作れたらいいなぁ、と思います。

映画『きみと、波にのれたら』
6月21日(金)全国ロードショー

◇監督:湯浅政明
◇脚本:吉田玲子
◇音楽:大島ミチル
◇キャラクターデザイン・総作画監督:小島崇史
◇出演:片寄涼太、川栄李奈、松本穂香、伊藤健太郎
◇主題歌:「Brand New Story」GENERATIONS from EXILE TRIBE(rhythm zone)
◇アニメーション制作:サイエンス SARU
◇配給:東宝

(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
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《奥村ひとみ》

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