マンガ家・士郎正宗氏が1989年から1990年にかけて執筆した『攻殻機動隊』は、その硬派なSF描写で根強い人気を誇っています。
しかし、初のアニメ化となった映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』以降、各アニメ版は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で監督を務めた押井守氏のテイストを踏襲したものとなっており、長年「原作準拠のアニメも見てみたい!」という願望がファンの中にありました。
2026年7月にサイエンスSARUとモコちゃん監督が制作した『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』は、まさにその願望を叶えたような“原作をベースとした”テレビアニメ版。キャラクターデザインはもちろんのこと、少しコミカルなテイスト、マンガのコマ欄外に書き込まれた注釈まで映像に織り込み、ファンに大きな衝撃を与えました。
しかしそれは同時に、定番化したシリアスな路線からの大きな転換のようでもあり、はたして制作スタッフやキャスト陣はどのような心境で取り組んだのか気になるところです。
そこで本稿では、士郎正宗氏の原作マンガも押井守氏の映画版も好きだというモコちゃん監督にインタビューを実施。初監督で挑んだ本作の裏側や、気になるあれこれをインタビューしました。
【モコちゃんプロフィール】
1992年生まれ。2015年サイエンスSARU入社。山代風我とともに演出補佐などとして湯浅政明監督に師事。『平家物語』(2022年)、『四畳半タイムマシンブルース』(2022年) 『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』(2023年)で絵コンテ・演出を担当。『ダンダダン』(2024年)では副監督、絵コンテ・演出、エンディングアニメーションの絵コンテ・演出も務めた。
[取材・文=気賀沢昌志]
◆『攻殻機動隊』は“枝葉”あってこその「原作ベース」

――『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』で初監督を担当されたということで、それ以前はどのような作品に関わっていたのですか?
『四畳半タイムマシンブルース』『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』『ダンダダン』などを担当しました。サイエンスSARUに入社したのが2015年で、『夜明け告げるルーのうた』『夜は短し歩けよ乙女』などで動画を担当し、『DEVILMAN crybaby』では適正試験的に少し原画を担当させてもらいました。その後、『きみと、波にのれたら』では、監督の湯浅政明さんの演出補佐を任せていただきつつ、原画や動画も担当した形ですね。
――演出補佐をすることになったきっかけは?
確か湯浅さんかEunyoung Choiさん(プロデューサー)から「演出補佐的なことができる人を探してる」と声をかけていただいたような気がします。
――……ちなみに、何回もツッコまれていると思うのですが「モコちゃん」という名義はどこからきたのですか?
もともと自画像として使っていたキャラクターでした。

――おー、けっこうファンシーですね。でもなぜその名義を使おうと思ったのですか?
自画像ですので、自分をこのように自認しています。作品を作るときには、自分の根っこの部分とか、普段は隠しているところをさらけ出します。そういったときに、自分が普段、自分を何と思って過ごしているかを、責任を持って名乗りたいという思いがありました。また、業界に入ってから、それまでの個人としての自分の生き方が通用しないような価値観の転回を数度経験しました。そうしていく中で、自然と職業に最適化された自己が出来上がっていって、何故だかそれは人間っぽいイメージではなく、このような気分でした。個人として生きるよりも、猛烈に仕事をする職人として生きることを選択した瞬間が、どこかにあったような気がします。
――「モコちゃん」という仮面をかぶっているように感じていたのですが、実はその逆で、本名のほうが仮面?
どちらかと言えばそうかもしれません。どちらで呼んでいただいてもありがたいことですが、セルフイメージと音の響きが近いのは、「モコちゃん」のほうかと思います。
――なるほど。そして今回、『攻殻』で初監督をすることになったわけですが、実際のところオファーが来ていかがでしたか?
大きなタイトルですし、「初監督の人間に務まるのかな」という不安は大きくありました。その一方で、士郎正宗先生の原作マンガも好きでしたし、もちろん押井守監督の映画版(『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』)も好きでしたから、いちファンとして、このタイトルに関わる感慨がありました。

――オファーの段階から「今回は原作ベースの企画です」伺っていたそうですが、その点はいかがでしたか?
ファン目線としては「いずれアニメ化されるだろうな」と思っていたので、ついにその日が来た、と。ただ作り手としては、そのうれしさとは反対に、上手くできるかなという不安はありました。何しろ原作マンガをストレートにアニメ化しようとしても、普通のやり方では無理筋な作品だというのは、当初から感じていました。とても難しい原作なんです。いろいろな工夫の必要や、アニメ制作者としてこれまでに無い課題の予感に、恐ろしくもあり、ワクワクもしました。
――例えば、どのようなところが難しいと?
『攻殻』の原作マンガは、すごく複雑な組み立て方をしていると感じます。通常のマンガのように一本の太いストーリーラインはありつつも、枝葉が非常に豊かで、その枝葉を含めて建て付けが成立している。そういった精緻で独特な組み立てがされている物を、原作者とは違う人間が別のメディアに転写する。ただトレースするだけではアニメとして魂の無い物になってしまいますから、アニメとしての魂を吹き込みつつ、同じ建付けを成立させる、というのが、アニメにしていく上で一番難しい点でした。
――コマ欄外の注釈みたいな要素ですか?
そうです。その細かな要素が複雑に組み合わさって『攻殻』という作品を形作っていますから、そのどれかを削ってしまうと「原作をベースとした攻殻」ではなくなってしまいます。
通常、アニメ化をする際は、要素を足したり引いたりして、よりわかりやすく、広く届けることを目指します。ところが『攻殻』の原作マンガは、筋書きとキャラクターだけではなく、世界観の根底にある哲学的な視点だったり、士郎正宗先生の独特なグルーヴ感が魅力です。そしてそれらが非常に細かく、有機的に組み合わさってひとつのまとまりを創発している点が、特徴だと思います。これはアニメにする際に非常に頭を悩ます点でした。要素を抜いたり足したりがすごく難しいんです。それをやりだすと、原作マンガから一つの側面を抽出してアニメにするというアプローチになり、これまでのシリーズと同じアプローチになってしまいます。
それに、「原作マンガをそのままアニメにする」というのは、マンガとアニメのメディアの違いもありますし、限界があります。どこかでアニメ制作者の創作を挟まなくてはアニメが成立しないのですが、原作の「攻殻」を保ったままそれをやるのが難しく、たくさんの工夫をしました。本作を「記録からの再現映像」という建て付けにしたのも、その工夫のひとつですね。

