話題作として名前を見かけることが増えたTVアニメ『メダリスト』。米津玄師が主題歌「BOW AND ARROW」を担当したことでも大きな話題になったが、それだけではない。アニメのストーリーや演出も各所で絶賛されている。ただ、SNSなどで高評価が流れてくる一方で、「フィギュアスケートものって難しそう」「スポ根が苦手だから……」と、なんとなく見るのを後回しにしている人も多いのではないだろうか。
だが、本作は競技の知識やルールをほとんど必要としない。描かれているのは、メダルや勝敗よりも、夢を見ていいのか迷う気持ちや努力することが怖くなってしまった心だ。 つまり『メダリスト』は、スポーツアニメというよりも、人生の選択と再挑戦を描いたヒューマンドラマに近い。もしくは、夢を諦めきれなかった大人と、才能に伸び悩む子どもの成長物語とも言える。視聴者はそこに無性に惹きつけられて虜になってしまうのである。
この記事では、「気になってはいるけれど今さら聞けない」「今から追っても間に合うの?」という新規層に向けて、『メダリスト』の魅力を解説していく。

◆そもそも『メダリスト』とは?
『メダリスト』の原作は、つるまいかだが講談社『月刊アフタヌーン』にて2020年7月号から現在まで連載しているマンガである。フィギュアスケートを題材にした成長ドラマだが、主人公はひとりではない。
物語の軸となるのは、スケートを始めるには遅すぎる年齢の少女・結束いのりと、選手として夢を叶えられなかった元アイスダンサー・明浦路司。この“夢を見る側”と“夢に敗れた側”の2人が出会うことで、物語は動き出す。
本作の特徴は、「才能があればうまくいく」「努力すれば報われる」といった単純な成功譚を描かない点にある。年齢、家庭環境、経済的事情、指導者との相性など、現実的な制約が丁寧に積み重ねられていく。勝敗よりも 「どうして滑りたいのか」「何のために努力するのか」 に焦点を当てた作品である。
そのため、『メダリスト』はフィギュアスケートを知らなくても、すんなりと物語に入っていくことができる。これは競技の解説アニメではなく、「それでも夢を諦めきれない人間」を描く物語なのだ。
◆キャラクターが“努力と劣等感”の塊でリアルすぎる
『メダリスト』が強く心に残る最大の理由は、登場人物たちが驚くほど生々しい感情を抱えていることだ。 主人公のいのりは、圧倒的な才能を持ちながらも、「自分なんかが夢を見ていいのか」という恐怖に苛まれている。しかし、年齢的にもそろそろわかりやすい結果を出さないと厳しい。努力すればするほど、失敗したときのダメージが怖くなる。その感情は、スポーツに限らず、多くの人が一度は経験したものだろう。
一方、コーチの司は、かつて夢を折られた側の人間だ。自分が叶えられなかった夢を、生徒に託すことへの葛藤や、指導者としての未熟さも隠さず描かれる。生徒に教えることでしか自分を肯定できない不器用な男性でもある。
『メダリスト』には、分かりやすい悪役がいない。いるのは、必死に生きようとして、時に間違えてしまう人間だけだ。このリアルさが、見る者の心を強く揺さぶる。視聴者自身の挫折経験ややり直したかった過去をダイレクトにえぐってくる構造となっている。
◆ フィギュアスケート演出が“感情の翻訳”になっている
本作のスケートシーンは、技術の解説ではなく、感情の表現として機能している。ジャンプの名前や得点よりも、「この瞬間に何を背負って滑っているのか」が画面から伝わってくる構成だ。ジャンプ=成功・失敗ではなく、今この瞬間の覚悟として描かれている。
演技中はセリフが極端に少なくなり、音楽、呼吸、視線、カメラワークによって心理が描写される。成功したか失敗したかよりも、「踏み出したかどうか」が重要なのだ。そのため、フィギュアスケートの知識がなくても、キャラクターの感情とともに演技に入り込んでしまうのだ。
滑りは単なる競技ではなく、そのキャラクターの人生そのものとして描かれる。上手い・下手よりその子がどう生きたいかが滑りに出る。だからこそ、『メダリスト』の演技シーンは、見る側の心に直接触れてくるのだ。
◆大人が見ると刺さりすぎる“教育と夢”の物語
『メダリスト』は一見、子どもの成長を描く物語に見える。同時に、大人である視聴者の心を強くえぐってくる物語でもある。才能がある子どもに、どこまで期待していいのか。経済的・時間的な制約の中で、夢を応援することは本当に正しいのか。指導者は、どこまで責任を負うべきなのか。才能・年齢・お金・環境という現実が残酷に描かれている。
作中では、こうした問いに明確な正解は示されない。むしろ、「簡単な答えなどない」というメッセージが静かに突きつけられる。それでも本作は、夢を見ること自体を否定しない。厳しさを描いたうえで、それでも挑戦する姿を肯定する。その誠実さが、『メダリスト』をただの感動作では終わらせない理由だ。
そのため、見終わったあとに無我夢中になるキャラクターのことを考えて胸が苦しくなってしまう。それでも、前を向きたくなるという、不思議な感情が残るのだ。
『メダリスト』は、フィギュアスケートを題材にしながら、その枠を大きく超えた作品だ。決してありがちなスポ根ものではない。描かれているのは、勝利の快感よりも、挑戦することの怖さと尊さ。夢を見続けることの残酷さと、それでも前を向こうとする人間の姿である。夢を諦めきれなかった人間の物語だ。
フィギュアを全く知らない人が見ても楽しめるが、一定の年齢を超えた大人が見るとキャラクターの言動に感情移入して泣いてしまう可能性が高い。『メダリスト』は、そんな胸熱作品だ。
(C)つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会



