最悪のパワハラ上司なのになぜ魅力的? 「鬼滅の刃」鬼舞辻無惨の“悪役の美学”【敵キャラ列伝】 | アニメ!アニメ!

最悪のパワハラ上司なのになぜ魅力的? 「鬼滅の刃」鬼舞辻無惨の“悪役の美学”【敵キャラ列伝】

敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」。第1弾は、『鬼滅の刃』より鬼舞辻無惨の魅力に迫ります。

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『鬼滅の刃』第8話先行カット(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
『鬼滅の刃』第8話先行カット(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable 全 4 枚 拡大写真
    アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
    敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第1弾は、『鬼滅の刃』より鬼舞辻無惨の魅力に迫ります。


『鬼滅の刃』は悪役とは何かを考えるうえで実によい作品だ。
悪役はヒーローを輝かせるために物語に必要とされる。主人公の価値観を相対化し、存在が強大であればあるほど、ヒーローも強く輝く。

しかし、現代は悪役作りが難しい時代だ。多様な価値観が尊重されるので、敵対する側にも一理ある、というパターンが多くなっている。
『鬼滅の刃』もそういうタイプの悪役が多い。主人公の炭治郎が「鬼は悲しい存在」と言うくらいで、鬼の悲しい過去が描かれるのも本作の魅力だ。

しかし、1人だけ例外がいる。大ボスの鬼舞辻無惨だ。
彼だけはそういう同情的な側面は全く描かれない。これだけ悪に徹したキャラクターは近年では珍しい。

「鬼舞辻無惨」(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

物語の始まりにして中心である無惨


物語はしばしば悪役の存在からはじまる。誰かを守るヒーローは、悪人が先にいてくれないと成り立たない。

無惨はその意味で理想的な悪役だ。全ての鬼の始まりであり、鬼を作れるのも(珠世という例外をのぞいて)彼だけ、鬼殺隊が結成された理由も無惨を倒すためだ。
炭治郎だって、無惨に家族を殺されなければ普通の心優しい長男であり、こんな壮大な物語の主人公にならずに幸せに一生を終えただろう。

無惨は物語の始まりというだけでなく、常に中心にいる。
鬼殺隊は無惨を倒すことを目標に活動しており、鬼たちは無惨のために働いている。登場キャラのほぼ全員が無惨に関わって行動しており、ある意味、主人公の炭治郎以上に物語の中心にいると言って存在だ。

その炭治郎と無惨は見事に正反対だ。炭治郎の動機は、仇討ちと鬼にされた妹を人間に戻すことだが、憎しみに駆られたキャラクターではなく、倒さなければいけない鬼に対しても情けをかけるほど優しい。
その上、努力家で仲間想いでまっすぐな性根をしている。

対して無惨は、自分の部下だろうと平気で使い捨てにする。
大事なのは自分だけで、誰のことも信用しない。友情とか尊敬とか愛情とか、人にはいろんな関係性があるが、無惨には支配するかしないかの関係性しかない。
一部で「パワハラ会議」と呼ばれている、集めた部下を詰問してどんどん殺してしまうシーンは無惨の性悪さと浅薄さを象徴的に表している見事なシーンだ。

このシーンに端的に見られる、無惨の自己中心的で卑小な性格、自分の目的のためなら何でも使い潰す卑劣ぶりが、「他の鬼はむしろ犠牲者」という側面を強調している。
無惨は主人公サイドだけでなく、他の鬼たちをも相対化し、無惨1人が他の全キャラクターを輝かせているとも言っても過言ではないのだ。

『鬼滅の刃』第8話先行カット(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

誰よりも人間離れしているのに誰よりも人間くさい


無惨は大きな理念や大義を持たない悪役だ。
彼の行動は全て、自分が生き延びるためであり、太陽の下で滅びてしまう鬼の習性を克服することが彼の目的だ。病弱だった人間時代のトラウマなのだろう、死に対して極端なほどに怯えている。

「私の好きなものは“不変” 完璧な状態で永遠に変わらないこと」と無惨は言う。
死は誰もが怖い。無惨は基本的に同情も共感もできないほどに自己中心的な存在だが、死の恐怖だけは読者にも理解できるポイントだろう。何が何でも生き延びようとする執念だけは凄まじいものがある。

対する鬼殺隊の面々は無惨討伐のためにどんどん命を投げうつ。
無惨の生き汚さがあるので、その自己犠牲が輝いて見えるのだが、よくよく考えると生きることに執着する無惨の方が命を厭わない鬼殺隊の面々よりも人間くさいとすら言えるのではないだろうか。

この逆転現象が『鬼滅の刃』の面白いところだ。どこまでも残忍な存在なのに、憎みきれない魅力が無惨にはあるのだ。

(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

《杉本穂高》

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