■かつてセル画の入手方法は「トレード」が主流だった
――なるほど。それではセル画のアニメグッズとしての魅力について教えてください。
平
まず前提として、セル画はアニメという映像作品を作るうえで発生する中間成果物であり、企業にとっては言ってみれば産業廃棄物にあたるんですね。
一方、セル画にも工芸品や美術品と同じ質感、風合い、ぬくもりなど、アナログであってこその価値があります。映像で見るのとまた違った趣がある、というのはよく言われます。
――1枚1枚手で描いているという意味では、絵画と同じですもんね。
平
はい。原則的に全く同じものはなく世界に1枚しかないですから、それを独り占めできるという所有欲、コレクション欲を刺激する面もあると思います。
あとこれは個人的な感覚かもしれないのですが、セル画を見ると、その作品が放送されていたとき、自分の生活はこんな感じで、こんないいことや、あんな嫌だったことがあったなあ、と思い出すんですよね。
セル画に描かれたキャラクターやシーンを思い出すことで、自分の人生がその時どうだったかが分かる。作品と自分の人生との接点にセル画がある、という感覚もありますね。
――やはり1点ものというところに様々な価値があるんですね。平さんはそういったセル画の世界にどうやって入っていったのですか?
平
高1のとき、クラスメイトが教室に『機動戦士ガンダム』のセル画を持ってきて自慢していて、そこで意識しました。
「こんなものが流通しているんだ」という驚きと「何故彼がそれを持っているんだ?」という疑問ですね。ですが、彼はどこで手に入れたのか、教えてくれなくて。
そこでいろいろ探しているうちに、一部のアニメグッズ屋さんにセル画を取り扱っているところがあるらしい、ということが分かりました。
当時は新宿御苑の「アニメック」や池袋の「アニメイト」、吉祥寺の「あいどる」などのお店でしたね。
で、そのお店で例のクラスメイトとばったり会いました(笑)。なんでも私も彼も『ガンダム』などのサンライズ系の作品が好きだったので、好みが被って取り合いになると困る、と思ったんだとか。
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――微笑ましいですね。当時、セル画はいくら位で買えたんですか?
平
下敷き1枚200円ぐらいの時代でしたが、ほぼそれと同じぐらい、300円ほどで買える店もありました。
一方高い店は数千円なので、高校生には最初はハードルが高く感じましたね。
――当時、セル画はお店で買う、というのが主流だったのですか?
平
いいえ、いろんなルートがありました。『ヤマト』『ガンダム』の映画公開初日プレゼントなどでも配られていましたし、雑誌内でのプレゼントにもよくありました。
またビデオやLDの予約特典になったり、試写会での来場者プレゼントでもらえたり、ということもありました。
『サザエさん』のスタジオでは近所の商店街で配っていたという話も聞きます。ホビーショーでのファン同士のトレード会なども行われていました。
一方、東映アニメーションさんや東京ムービーさんなどは、自社で年に数回ファンサービスの一環としてセル画の販売を行っていましたね。
一番多いのはファン同士でのトレードです。
例えば、私が『ガンダム』のセル画がほしいとして、とてもいいセル画を持っている方がいたとします。
すると彼に「いま他にどんなセル画がほしいですか?」と聞き、それが『魔法のプリンセス ミンキーモモ』だというのであれば、『ミンキーモモ』のセル画を探してきて「これでどうですかね?」とトレードを持ちかける、といった具合です。
――いろんな作品について知らないと立ち行かないのですね。
平
そうです。当時はどの作品のどのキャラが人気とか、どこがいいシーンだとかは、アニメはそんなに見ていなくても覚えていましたね。
自分の好きなものを手に入れるためには、他の分野の知識も求められる、という感じでした。
――面白いですね、アニメファンの中で、ある意味通貨としてのセル画、というのが存在していたんですね。
平
ただこれも難しい面がありまして。トレードが基本だと、欲しいものがあっても交換でしか手に入りませんから、いろんな交渉術が必要になってきます。
またセル画の価値も、お店に値段をつけられたものはその値段なので安く評価される一方、懸賞で手に入れたもの、となると一体何となら交換可能なのかも見当がつきません。
そして、当時はまだすっきりと「いくらで買う」という価格での交渉は、当時はあまりされなかったんですよね。
高値で買い取りされるようになり、盗難騒ぎも…
――その流れが変わったのはいつ頃ですか?
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平
1988年頃だったと思います。
私がきっかけの一つかもしれませんが、ある有名アニメーターの方がトレード募集をしているときに「あなたの作品、いくらなら売りたいですか?」と聞いたんですね。で、その言い値で私が買ったんです。
そのようなことを皮切りに、トレードでなく現金でセル画が動くような流れになっていきました。
セル画が高値で売り買いされるようになると、それがTVのバラエティ番組などでも報道されるようになりました。
すると、それを見た税務署職員がアニメ制作会社を訪ねに来るんですね。「お宅にはセル画という資産があるそうですが、その分納税していますか?」と。
スタジオ側はたまらないわけです。廃棄するくらいならファンにと思って開放していたセル画が、外で高値がつけられて、場合によっては課税対象にもなるわけですから。
また、高価なセル画欲しさにスタジオに泥棒に入る、というような事件も何件か起こりました。
――『うる星やつら』では放送前のセル画が盗難に遭って放送が延びましたね。ところで、当時はそんなに簡単にアニメスタジオに盗みに入れるものだったんですか?
平
昔のアニメスタジオはアニメファンにも門戸を開放していることが多かったんですよ。
それに、当時のアニメスタジオはセキュリティのない雑居ビルの一室が多く、関係者の出入りも非常に激しかったので、置いてあったものがなくなるということはよくあったそうです。
置いてあるものが撮影前のものなのか撮影が終わったものなのかも分かりませんから、撮影前のセルが盗難に遭ってスケジュールが狂い、ニュースになったりしたこともありました。
――なんだか今からでは想像しにくい、ワイルドな時代だったんですね。
平
「元が産業廃棄物なんだし、元々売り物じゃないからいいでしょ?」という認識があったのかもしれません。
でもこうなってくると、いくら高くて価値のあるいいセル画でも「これって盗品なのでは?」と思うといい気持ちで買えなくなってしまいます。
そこで、自分でお店を立てようと思ったのがアニメワールドスターという店だったんです。
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