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“アニメアーカイブ”の現状と課題は? プロダクションI.G所属の“アーカイブ担当”にインタビュー

「アニメは日本が誇る文化だ」――こう聞いて首をかしげる人はもう少なくなったと言っていいだろう。

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プロダクションI.G 山川道子氏
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■国内の“アニメアーカイブ”の現状と課題は?


――これまでプロダクション I.Gでのアーカイブについてのお話を伺ってきましたが、日本全体で見た時、現状をどう捉えられていますか?

山川
アニメスタジオでいえば、I.Gだけでなくトムス・エンタテインメントさんやスタジオジブリさん、サンライズさんなどにもアーカイブに関する部署がありますから、アーカイブへの意識は徐々に広がってきているように感じます。
また、昨年はアニメアーカイブについて講演を複数の学会や、講演会などでお話させていただきました。そういった発表の場が与えられることから考えても、アニメアーカイブの社会的な需要は高まっているのではないでしょうか。

――行政サイドについてはどうでしょう?

山川
内閣府に知的財産戦略本部という組織がありまして、その中でメディア芸術の資料を輸出産業として海外に使っていくという指針があり、アニメのアーカイブもそこに含まれています。
これが内閣府から各省庁への依頼という形で伝達され、文化庁や外務省、経産省など関連省庁にそれぞれ予算が付き、各庁にアニメアーカイブに関する活動にあてられているようです。
先の資料『アニメーション・アーカイブの機能と実践 I.Gアーカイブにおける アニメーション制作資料の保存と整理』は文化庁の助成を受けて制作されたものですし、外務省は「MANGA⇔TOKYO」展を含む「ジャポニスム2018」という日仏共同の文化芸術イベントをパリで開催されます。
また、アニメアーカイブやアニメアーキビスト人材育成に関して中心的な取り組みとして、超党派の議員連盟であるMANGA議連が推進する「MANGAナショナル・センター構想」があります。名前はまだ仮称ですが、マンガ、アニメ、ゲームのアーカイブの拠点として、設立を目指していると聞いています。

――課題はどこにあると考えますか?

山川
アニメについていえば、所蔵すべき作品を鑑定し判断できる人がいないという問題があると考えています。

――確かに、売り上げランキングを上から順に残していけばいい、とはなりませんよね。

山川
はい。その時代を代表する技術や表現を用いた優れた作品が、その年売れた作品であるとは限りません。
アーカイブとは人間が生きた証を残すことですから、それに相応しい作品をどのような基準で選ぶのか。国税を投じて未来に遺すわけですから、誰かの個人的な思惑で選ばれるべきではありませんし、アニメファンだけでなく将来そのアーカイブに触れる様々な立場の人の希望や用途に応じた残し方をしなくてはなりません。

それが一体どのような基準なのかについては、アニメ業界や関係者の間でまだ十分に議論がされていないし、もっと広い分野の方々の意見を募る必要があると感じます。
そのため、個人的には美術家や歴史家の方にお話を伺ったり、図書館や美術館など先行する他分野のアーカイブについて勉強するなどして、妥当な基準を探っているところです。

――そのミニマムな実験をI.Gさんの中で実践しているわけですね。先の文化庁助成のドキュメントを作られた狙いもそこにあるのでしょうか。

山川
日本にMANGAナショナル・センターのようなアーカイブ施設と組織が立ち上がった時に有効的に使っていただきたいという狙いはありました。
ただ、私がまとめたI.Gのやり方が正解だとは思っていませんし、そのまま使うべきだとも思いません。
スタジオによって方針も違うでしょうし、下請けか元請けか、外資が入った会社から見たらどうか、メディアから見たらどうか、歴史家から見たらどうか、別ジャンルの人から見たらどうか……立場によっても優先順位ややり方が異なるはずです。
I.Gのやり方は、そういった議論をする上でのたたき台の1つとして見ていただけたらと思います。

■「国・個人をふくめて各々の基準でアーカイブを行うことが重要」


――特撮分野では、庵野秀明監督が「特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構」(ATAC)というアーカイブ組織を設立されていますね。

山川
ATACさんでは個人コレクターのコレクションの受け入れをすることで、コレクターが亡くなられた際に貴重なコレクションが散逸するのを防ぐという目的があります。
個人という単位で記録を残すことは企業体であるI.Gにはできないことですので、ここにもまた別種の価値があると感じます。

――様々な立場の人がそれぞれの規準でアーカイブしていくことに意義があるのかもしれませんね。『輪廻のラグランジェ』では舞台である千葉県鴨川市で制作資料を保管することになりましたが、各作品の聖地がアーカイブを担うというのは、制作会社としては保管場所問題が解決しますし、地域にとっては観光資源になる可能性もあり、お互いのメリットを最大化できるかもしれませんね。

山川
地域と資料という点では、書籍の分野ではすでに地域ごとの郷土資料館にその土地出身の作家の情報などの史料が数多く集められていて、検索でどこからでも調べることができるようになっていますから、アニメでも同じことができるようになる可能性はあると思います。
地域と資料の関係としては『輪廻のラグランジェ』は好例ですし、新潟大学ではアニメアーカイブ研究センターが2016年に設立されています。ここでは渡部英雄さんというアニメ監督の個人コレクションが保存され、学術に利用されています。

――国が一括管理してしまえばいい、ということでもないんですね。

山川
国での一括管理ということでしたら、たとえば国立国会図書館であれば本のカバーは一律剥がして保管することになっていますが、マンガやアニメの関連書籍のカバーやカバー裏には独自の価値があり、それらが残らないのは困りますよね。
また書店流通以外の書籍については納本があまり厳格に行われていませんから、アニメグッズショップが発行した一部の設定資料などは、納本されていない可能性が高いです。DVDボックスに封入のブックレットなども、残らないものの方が多いと思います。


I.GではDVDや書籍などには固有の管理番号が付与され、リストによって管理・保管される


――アニメのアーカイブに適した基準とは言いにくいですね。

山川
現在私たちが様々な文化財に触れることができるのは、先人が大事に保存し書き留めてくれていたからです。逆に、今価値があると思われているものも形として残さなければ、将来「あったらしい」「でも実物はない」「本当はなかったのでは?」ということにもなりかねません。
そういった事を防ぎ、作品や文化を未来に遺していくためには、企業、国、地方自治体、大学、個人も含めて各々の規準でアーカイブを行うことが重要です。またMANGAナショナル・センターのような規模の大きな施設については残す基準について今後議論を深めていくことが必要ですし、私もそこに寄与できたらと思っています。

――アニメアーカイブについて継続的に議論していく必要性を強く感じました。本日のお話、どうもありがとうございました。

【2018年6月東京都武蔵野市、プロダクション I.G本社にて】
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《いしじまえいわ》

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