―富野監督は、自分の発想を超えたもの、期待と違うものを喜ぶほうですか?それとも、こうあるべき、という感じですか?
安田
ガンダムにおいては、ガンダムの役に立てば喜ぶと思います。
―今回、最初に「コレです」とデザインを出されたときの反応はいかがでしたか?
安田
喜んでくれました。最初のはもう少し『機動戦士ガンダム』のRX-78っぽい感じですね。なぜそれを出したかというと、僕はどうしても普通のガンダムを作りたかったからです。
とにかくガンダムで一番やってはいけないことは、目と角をいじることですよ。ガンダムは2つの目に角があって、角がなくなったらもうガンダムではなくなるわけです。
―RX-78はかなり意識されたんですか?
安田
それをだすことで僕は普通のガンダムを作りたいと、富野監督に対する意思表示なんです(笑)。僕はガンダムは絶対に青と赤と黄色と白じゃないと許せないです。初めに見たときは派手過ぎると思うけど、10年見続けると「こうじゃないとダメなんだよな」という。それをするためには、最も力の強い色合いで迫らないといけない。
このバランスは近代画家のモンドリアンの赤と黄色と青のコンポジションみたいなものなんです。あれは、最小限の色合いでどれだけいい構成をしたら、みんなの心に焼き付くかという実験なんです。それがガンダムでもなされているわけです。つまり、ガンダムの色をひとつ減らすと心に残らないんですよ。
―これはひとつのメカではあるけれど、安田さんのなかでは、これこそガンダムだという主張も込められているんですね。
安田
そうですね。僕のなかではガンダムは、派手な色をしたものがメチャクチャ強くないといけないんです。

―『G-レコ』の企画の立ち上がりについても教えてください。本作の企画はいつごろ生まれて、どのように関わるようになったのですか?
安田
だいぶ昔の話なので、ぼんやりとしか覚えていないです。2010年にはすでに僕の知り合いである西村キヌさんが今回の企画に関わっていて、「安田さんもやりませんか?」という話がありました。
そのときは僕は少し忙しくて、富野ガンダムは傍から見るのでいいと思っていたんです。それが2012年のどこかのパーティで富野監督が僕を見つけて「俺を助けろ!」と叫んだんです。それで「時間が出来たらやります」と言いました。「助けろ」というのは「サポートしろ」という意味だったかもしれませんが、僕はそう受け取りました。
―忙しくても何とかやろうと思ったのは、やはりガンダムに惹かれることがあったということですか?
安田
ガンダムはいつかはやりたいと思っていました。ただそれまでは実は僕は子どものためのおもちゃになるようなかたちでやりたかったんです。
「ガンダムの最高峰って何だろう? 」と考えたときに、それが答えかなと思ったんです。僕は『∀ガンダム』をやっていたので、自分のなかで『∀ガンダム』の方法論に対する揺り戻しもありました。
