藤津亮太の恋するアニメ 第15回 「水平の綱引き」の行方について(前編) 「惡の華」 | アニメ!アニメ!

藤津亮太の恋するアニメ 第15回 「水平の綱引き」の行方について(前編) 「惡の華」

藤津亮太の恋するアニメ 第15回は、恋愛アニメの新たなスタンダード(!?)『惡の華』。「佐伯さんと仲村さんどっちが好き?」の問いに対する結論は?

連載 藤津亮太の恋するアニメ
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藤津亮太の恋するアニメ 第15回 
「水平の綱引き」の行方について
(前編)


『惡の華』

作・藤津亮太

またNが面倒な質問を投げかけてきた。
「佐伯さんと仲村さんどっちが好き?」
そういってニヤニヤ笑っている。

『惡の華』という作品の名前すらあげない。こっちだってアニメ全部知っているわけじゃないぞ、と文句の一つも言いたくなったが、余計にめんどうになりそうなので、黙って答えることにした。

「佐伯さんかな」
「なぜ?」
間髪入れずに質問が重ねられる。

「僕は、真面目なコが悶々と悩んでいるところが好きなの」
「へぇー」
Nは物珍しそうな目で僕を見ると
「ずいぶん保守的ね」
と付け加えた。

「前にもこういう質問されたと思うけど。『(超時空要塞)マクロス』の時だよね」
「あぁ、聞いたかも。でもあのわがままなアイドル……リン・ミンメイだっけ? と杓子定規で暗い士官……名前忘れちゃった……という選択肢よりはずっと救いがあるんじゃない?」
Nは早瀬未沙の名前すら忘れていた。
「さあ、どうだろう。『マクロス』の2人はどっち選んでも面倒くさそうだけど、『惡の華』は面倒くさい以上でしょう。どっちもヤンデレになってもおかしくないというか……」

『惡の華』は、押見修造の同名のマンガのアニメ化だ。ロトスコープという実写映像から動きを起していくという、TVアニメとしては前代未聞のスタイルで制作されたのだが、それは今回は大きなポイントではない。
中学生の春日高男は、ボードレールの『惡の華』を心から愛する少年。春日はある日、偶然にもあこがれの女子・佐伯の体操着を盗んでしまう。それを目撃したのは、クラスの中でも変わり者で知られる女子・仲村。仲村は、その事実を盾に、春日に自分のいうことを聞く契約を結ばせる。一方、ひょんなことから急接近した春日と佐伯はつきあい始めることになる。
こうして物語前半は、春日が佐伯と仲村という対照的な女子に引き裂かれ、翻弄されることで展開していく。

「なんていうの……仲村さんを避ける男子は、面倒なことから逃げそうな感じしない?」
「それは偏見でしょう。仲村さんって、考え方によっては、ちょっと『惡の華』が好きなだけの春日を“堕落”させていくファムファタルだよ。見方を変えれば、ユリスモールの心の影部分を引きずり出したサイフリートみたいなキャラだよ。そういう人間を避けてもバチは当たらないと思うなぁ」
「ユリスモール? サイフリート?」
「『トーマの心臓』のキャラクターだよ。ちょっとネタバレになるけれど、サイフリートは、言ってしまえば悪魔的な快楽主義者でね、そういう人間の本質を、真面目で敬虔なユリスモールの中から無理矢理引きずり出した……とユリスモールは語ってる。ユリスモールはそれが心の傷になっているんだ」
Nは、ふーんと納得したようなしないような顔で頷いた。
「そんなユリスモールを、誰がどうやって光の中へと向かわせるのか、というのが『トーマの心臓』というオハナシ」

思案顔のNが口を開いた。
「それってつまり、天使と悪魔の間で人間が苦しむ、すごくキリスト教的なオハナシってことかしら?」
「そうだね。ドイツが舞台だし」
「でもさぁ、仲村さんとか佐伯さんって、そういう垂直方向のイメージ全然ないのよね」
「というと?」
「アニメを見ていても、山に囲まれた町の中を歩く、自転車で走る……水平移動のイメージが多いじゃない。天使と悪魔なんて大げさなものじゃなくて、あれは世間と世間の外の綱引きって考えたほうが正確じゃない? 似て非なるものというか、もしかすると、この水平な綱引きこそ、神様のいない極めて日本的な“堕落”の光景かもしれないけれど」
僕は突然、Nが熱く『惡の華』を語り始めたのでちょっと驚いた。これはちゃんと受けて立たないといけないかもしれない。

「でも、そうやって世間/世間の外っていうふうに考えたら、世間の外へと逸脱していく方が圧倒的に魅力的だよね。でも“世間の外”ってどこでもないんだよね」
「どういうこと?」
「つまり本当は“世間の外”なんてないってこと。外へ出たつもりでも、そこもまた別の世間の中。アニメでは描かれなかったけれど、原作はあの先の展開で、仲村さんがその“出口のなさ”について語るシーンもあるよ」
「世間というのは、人が生きている世界そのものだから、自分が生きている限りその外に出るのは難しいってことね。……原作はそんな展開になるのね」
「うん、その通り。原作はそれどころじゃないぐらいハードな展開になるんだよ。とにもかくにも、『惡の華』が水平な綱引きでできているとしても、世間の中で自分の欲望と葛藤しながら生きている佐伯さんのほうがずっとリアリストで、よくわかるんだよ。そもそもさ、気になることがあるんだよ」
と僕は続けた。

「仲村と春日のいう“変態”って限りなく性的なものなんだけれど、二人はなぜか性的なところを巧妙に避けているんだよね。そこを見ない振りして避けているから、二人は妙にこじれているんなんじゃないかなぁ。実はそここそが厨二病っぽいといえばその通りだったりして」
さてNはどうリアクションするか。

(続く) 

《animeanime》

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