藤津亮太の恋するアニメ 第7回 初恋が初恋だとわかる時(前編) 「銀河鉄道999」 | アニメ!アニメ!

藤津亮太の恋するアニメ 第7回 初恋が初恋だとわかる時(前編) 「銀河鉄道999」

藤津亮太の恋するアニメ 第7回 初恋が初恋だとわかる時(前編)。今回は、あの『銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎が題材に!初恋を語ってしまいます。必見。

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藤津亮太の恋するアニメ 第7回 初恋が初恋だとわかる時
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藤津亮太の恋するアニメ 
第7回初恋が初恋だとわかる時(前編)


『銀河鉄道999』

作・藤津亮太

「ちゅるげーねふ、ってなんだったけ?」
ちょうどNがやってきたので、僕は聞いてみた。昨日から突然、この単語が頭に浮かんで消えないのだ。
「ちゅる? ……ツルゲーネフでしょ? 『ちゅるやさん』じゃあるまいし」
Nはあっさり答えた。そして、たいしてオタク趣味がないはずなのに、なぜかそういう単語がちょくちょく紛れ込んでくる。
「だから、その、ちゅる……じゃなくて、ツルゲーネフってなんだっけってことなんだけど」
「作家でしょ。ロシアの。代表作は……『初恋』か」
ああーっ、と僕は文字通り膝を打った。てっきり最近のガンダムの敵メカの名前かなんかだと思っていたのだ。

「……『初恋』ってどんな話だっけ?」
「えーと、少年の私が、隣の家のなまめかしい、取り巻きに囲まれた女に恋をするんじゃなかったかしら。で、実はその女は主人公のお父さんと不倫をしていたと」
「あはは。親子が危うく兄弟だ」
Nはオヤジくさい下ネタをいう僕をジロッとにらんだ。

「最後は……数年後に再会の機会ができるだけれど、会わないうちに女は死んでしまうのよ。で、そんな顛末を年取ってから回想しているていで書かれたのが『初恋』って小説ってわけ。たしか、ラストのほうに、自分にとって青春とはなんだったろうか……と考えるくだりがあったような……。読んだの、だいぶ前だから忘れちゃったけど」
「あー、その隣の魅惑的な女というのは、主人公にとって青春の幻影だったわけだねー。そこんところは、ちょっとメーテルっぽいかな?」

Nはそこで「?」という顔をした。
「メーテル? 青春の幻影?」
「うん。『銀河鉄道999』のヒロイン、メーテルがよく青春の幻影と形容される。というか自分で名乗ってる」
「ツルゲーネフは知らないのに、アニメのことはさすがに詳しいのね」
「まあ、学生時代に先輩にだいぶ仕込まれたからね……」

Nの皮肉めいた突っ込みをかわしつつ、僕は続けた。
「『銀河鉄道999』というのは松本零士の漫画。これを原作に、TVアニメと劇場アニメが作られている。ストーリーは皆それぞれだけど、鉄郎という少年がメーテルという謎の美女に連れられ、機械の体をただでくれる星へと旅をするという大枠は同じだ。原作とTVでは鉄郎は10歳だから、メーテルへの憧れも死んでしまった母親への思いと重なり合っている感じなんだけれど、劇場版の鉄郎は15歳。だからメーテルとの関係もちょっと恋愛風味になってくる」
「へぇ。確かに10歳と15歳じゃ、そうなるわねー」
「劇場版の鉄郎は、照れながら『地球に帰ったら一緒に暮らさないか』なんて言ったりするんだよね。あそこは、鉄郎の照れてるお芝居が生っぽくておもしろい。まあ、メーテルと鉄郎が結局一緒に暮らすことはないんだけれど」
「それで、旅の間だけ時をともにした、そのメーテルは、鉄郎にとっての“青春の幻影”である、というわけね」
「そうそう、そういうこと。設定的にはいろいろあるんだけど、『銀河鉄道999』は鉄郎の成長が縦軸だから、メーテルは去らなきゃいけないんだよね」

……と話していると、また例の如く、Nが腑に落ちない顔をしてる。きっとまためんどくさいことを考えてるんだろう。
「主人公の鉄郎は、メーテルに告白はしてるの?」
「えーと、さっきいった『一緒に暮らさないか』というセリフと、メーテルに裏切られたと思った時に、『好きになっちゃうなんて』みたいなことを言ってるけど、正面切っての告白って感じじゃないかなぁ。なんでそんなことをを気にするの?」
そう聞くとNは「うーん」と首をかしげた。

「ちゅる……ツルゲーネフの『初恋』って、要は好きになって煩悶する話なわけ。その苦しみこそが愛だ、みたいなノリで。Sのいう『999』の話を聞いてると、わりとさわやかで、悩みがないなーと思って。だからなんか恋愛っていうより、もっと子供っぽい……。そう、移行対象との別れみたいな感じがしたよの」
えーと、移行対象ってなんだっけ? 僕は必死に考えた。ちゅるげーねふに続いて、ここでまた質問すると、Nはきっと怒り出すにちがいない。なんだっけ、ライナスが持ってる毛布のことだっけ?
「移行対象って、母親と未分化な状態だった子供が、母親と分化する過程で、不安をまぎらわしたりするために肌身離さず持つものなんだけど……って、知ってるよね? 世の中で言われる時は、もうちょっと広く、オトナになる過程でそれを手助けしてくれるもの、みたいな意味で使われているけど」
あわてて僕は頷いた。
そしてひらめいた。
「あ。それはわかる! メーテルって設定的には、鉄郎の母親とうり二つってことなんだよね」
「ええ、そうなの~」
Nは結構、驚いたようだった。

「だからラストの別れのシーンも、恋愛もの的なウェットさは薄くて、最終的にはむしろ成長した晴れがましさのほうが勝ってるんだよね。そうか、あれは好きな人と別れた、というより、親の手を離れた、と考えると腑に落ちる! 初恋の皮を被っているけど、親離れの話なんだな、『999』は~。すると続編『さよなら999』がああいう内容になったのも、案外合理的な理由が……」
と、僕が一人で合点していたが、Nはまだ考え込んだような顔をしている。

「じゃあ……そもそも初恋って、どういうものが初恋なのかしらね」
え、そこにいくの? と思わないでもないが、Nの疑問はごっともでもある。Nが続けた。
「幼稚園の時の憧れ? 小学校の時のドキドキ? それとも中学とか高校になってからのアレコレ? そのあたりいつも話題になるたびに、モヤっとするのよね」
「あー、タレントがTVで『初恋は?』って聞かれて、幼稚園時代の憧れ話とかすると確かにイラっとするよね(笑)」
「……こういうのは、どうかしらね。ツルゲーネフの『初恋』もそういう側面があるけれど、その恋が叶わなかったときや失った時に、初恋だったんだな、とわかるのが初恋というのは?」
Nらしく、おもしろい定義を思いついたものだ。
(後編に続く)

藤津亮太の「アニメの門チャンネル」
/http://ch.nicovideo.jp/channel/animenomon
毎月第1金曜日22時からの無料配信中
2013年3月1日21時半~ 第7回

藤津亮太[アニメ評論家]
単著に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』(NTT出版)。「渋谷アニメランド」(NHKラジオ第一 土曜22:15~)パーソナリティ。
藤津亮太の「只今徐行運転中」
/http://blog.livedoor.jp/personap21/

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