藤津亮太の恋するアニメ 第3回 人ならぬものとの恋(前編) 『美女と野獣』
アニメ評論家・藤津亮太によるアニメの恋愛論コラム。女友達Nから見るアニメの恋愛模様とは。第3回。
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藤津亮太の恋するアニメ
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人ならぬものとの恋(前編)
『美女と野獣』
作・藤津亮太
向こうからNがやってきたので、イヤな予感がした。この間、ディズニーの『美女と野獣』を貸したのだ。
またきっととんでもない感想を言いにきたに違いない。
「いやー、笑ったわー」
「笑った?」
予想外の反応に僕は驚いた。
『美女と野獣』は、フランスの民話を下敷きにしたディズニーの長編アニメだ。冷酷さの罰として魔法で野獣となった王子と、ある事情から彼の住む城で暮らすことになったベルとの恋物語。1991年に公開されたディズニー版の一番の特徴は、ハワード・アシュマン作詞、アラン・メンケン作曲の名曲が散りばめられたミュージカル映画でもあるところだ。
「いったい、何がそんなにおかしかったのさ」
「この主人公のベル、とんだ中二病ねぇ(笑)」
といってNはまた笑う。
「とんだ」って言い回しはイマドキどうなんだろうと思いつつ、僕はNの話を聞くことにした。
「だって最初の歌が完全に中二病でしょう? なにしろベルは最初っから、自分の住む村が平凡でつまらないと歌い上げてる。で、どういうところを素晴らしい世界かと思っているかというと小説の中。しかも王子様とかがでてくる波瀾万丈の物語よ。おまけに、周囲からは、『あの子、ちょっとヘンよね』と思われてるし。まさに中二病」
確かに。
妙に上から目線になって“平凡な人たち”を見下すのは中二病の特徴だ。まして、フィクションに耽溺しているとなれば。
「そうやって考えると、中二病の彼女が野獣の城に住むことになったりして、彼女の思った通り波瀾万丈なロマンスを経験するんだからよかったじゃない。いかにも中二病の欲求を満たすような内容で、めでたしめでたし、と」
僕がそうまとめると、Nは笑うのを止めた。
「問題は、そこなのよ」
「え、どういうこと?」
「“めでたしめでたし”のその後よ」
ベルと心を通わせ、少しずつ優しさを取り戻していった野獣は、最後に呪いが解けて、ついに人間の姿に戻る。
「あの薄っぺらい二枚目の王子、全然魅力的じゃないじゃない」
僕は思わず笑ってしまった。
『美女と野獣』を見た女の子は、作品を好きであれ嫌いであれ、たいがいあの王子の姿に文句をいう。僕も昔の彼女から、何度も聞かされたことがある。そういえば、彼女は愛犬家だったな。
「あははは。そういう意見は知り合いからも聞いたことある」
「ただ薄っぺらな二枚目なだけならいいのよ」
そういってNは続けた。
「ただ彼女って中二病でしょう。あの二枚目と結婚した後に待っている、平凡な生活に耐えられるのかしら。波瀾万丈の興奮も過ぎ去った後は、結局映画の最初と同じで、ここにはないどこかの胸躍る世界に憧れ続けるだけで終わるんじゃないかしら」
そういうことか。
「“結婚はゴールじゃなくてスタートですよ”問題ってことだよね。でもベルについてはそれは大丈夫だと思うよ」
僕は答えた。
「どうしてそう思うの?」
「あのお城にあった図書室を覚えているよね」
「覚えているわよ」
「あれを見つけた時のベルのうれしそうな顔。彼女は平凡な人生に嫌気がさしたら、あそこへ行って本を読めばいいんだよ。あれだけの量だ。生涯困ることはないと思うよ。実に中二病らしいうハッピーエンディングじゃない」
僕がそういうと、Nはちょっと虚をつかれたような顔をした後、「Sはたいした皮肉屋ね」と笑った。
「それにしても……、あの王子の特徴のない顔はなんとかならなかったのかしらね」
作り手はそのあたり慎重で、野獣が王子に戻った瞬間、ベルはいぶかしげな顔で見たことのない王子の顔をのぞき込む。そして、その瞳が彼女の知っていた野獣のそれと一緒なことを確認して、ようやく「あなたなのね」と王子を受け入れる。ベルはあくまで「瞳」に象徴される心に好意を抱いているのであって、外見には左右されないのだ、というわけだ。
とはいえ、ずっと見てきた野獣の顔と、わずか数分しか登場しない王子の顔を比べたら、物語を背負っていない王子の顔が物足りなく見えるのは当然だ。外見にとらわれないこと、というテーマを含んでいる作品にもかかわらず、そのラストがキャラクターの外見で難じられてしまうとは、実に皮肉な顛末だ。
「その点、ウフコックはえらいわよね。あらゆるものにターンできるのに、ついに人間型にはならなかった」
僕は突然、Nがマニアックな話題を始めたことに少々驚いた。
(後編に続く)
藤津亮太の「アニメの門チャンネル」
/http://ch.nicovideo.jp/channel/animenomon
毎月第1金曜日22時からの無料配信中
2012年11月2日22時~第3回放映
藤津亮太[アニメ評論家]
単著に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』(NTT出版)。「渋谷アニメランド」(NHKラジオ第一 土曜22:15~)パーソナリティ。
藤津亮太の「只今徐行運転中」
/http://blog.livedoor.jp/personap21/
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