映画評 『いばらの王 –King of Thorn-』 | アニメ!アニメ!

映画評 『いばらの王 –King of Thorn-』

片山一良監督最新作『いばらの王 -King of Thorn-』は、挑戦的な映画である。それは一筋縄ではいかない複雑な魅力を兼ね備えつつも、観客に決して優しい構造と言い難い。

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文:荒川直人(映画ライター)

 『THEビッグオー』で知られる片山一良監督初の劇場アニメ『いばらの王 -King of Thorn-』は、実に挑戦的な映画である。それは一筋縄ではいかない複雑な魅力を兼ね備えつつも、観客に決して優しい作品ではない。人によっては難解すぎると失望させてしまう可能性も否めないが、一方で、近年久しく味わえなかったSF映画の醍醐味に満ちて、スリリングな面白さを提供してくれる。二度三度と繰り返し観ることで新たな発見がある――という段階で、ほとんどの観客の期待とかけ離れてしてしまうのかもしれないが、本作はその映画的な奥行きが素晴らしい。

 2012年、感染後60日以内で石化するという致死率100%の奇病“メドゥーサ”の蔓延により、人類は絶滅の危機に瀕していた。治療法が見つからない最悪の状況下で、ある企業が未来に種の存続を託し、実用化したばかりのコールドスリープ施設を導入した大胆なプロジェクトを発表する。しかし、抽選で決定される資格者は全世界でわずか160名だけだった。
 やがて、スコットランドの古城に造られた施設にやってくる選ばれし者たち。カスミとシズクも共に“メドゥーサ”に感染した双子の姉妹だった。が、資格を与えられたのは妹のカスミただ一人。姉のシズクは妹に生き延びて欲しい一心で、ここまで付き添ってきた。けれども、つらい別れを乗り越え、再びカスミが冷凍睡眠から目覚めた時、彼女を待ち受けていたのは、いばらに覆われた変わり果てた施設と異形の怪物たちの群れであった。
 なぜこのような惨劇が起きたのか。施設の外は、そして世界はどうなっているのか。外界との通信も途絶え、謎が謎を呼ぶ中、怪物の執拗な襲撃で息詰まる死闘が続く。だが、生き残ったカスミたちがこの古城を脱出したとしても、治療法がなければ石化する運命からは逃れられない――。

 ゾンビこそ登場しないものの、本編の雰囲気はカプコンの人気ゲーム『バイオハザード』を連想させるが、漫画家・岩原裕二はヴィンチェンゾ・ナタリ監督のサスペンス映画『CUBE』(98)から原作のイメージを膨らませたのだという。立方体で構成されたトラップの迷宮から6人の男女の脱出劇を描いた一幕物は、確かに孤立する古城を舞台にした『いばらの王』に通じるところがある。
 そこで繰り広げられる激しいアクションは原作の持ち味でもあるが、キャラクターデザインの松原秀典、総作画監督の恩田尚之をはじめとする実力派スタッフが結集し、迫力あるバトルシーンを見事に具現化している。そして、大半の観客は気づかないはずだが、本作では従来のアニメ技法を基盤としながら相当数の3DCGが混在しており、普通に振舞っているキャラクターが実は3Dモデルで作られているというカットも意外と多い。
 シームレスに表現されたこのハイブリット映像は、日本のアニメならではの独自のスタイルで、これは『スチームボーイ』(04)、『FREEDOM』(06-08)、『新SOS大東京探検隊』(07)などの革新的なデジタルアニメに挑戦してきたサンライズ荻窪スタジオの一つの到達点だ。培ってきたノウハウを継承し、新たな表現へと昇華させるその姿勢には特筆すべきものがある。

 しかし、最初に本作を「挑戦的な映画」と書いたのは、それが理由ではない。
 ハリウッド大作にも引けを取らない堂々たるSF冒険活劇でありながら、事件の真相を明らかにする過程で衝撃の急展開に突入する。振り返れば、序盤から伏線が散りばめられているとはいえ、ジェームズ・キャメロンやスティーブン・スピルバーグの映画を楽しんでいたつもりが、いつの間にかデイビッド・リンチの世界に足を踏み入れてしまう摩訶不思議。これはいったいどうしたことか。

 現在、24時間という有限の枠組みに対して大量のコンテンツが降り注ぎ、個人が受け取る娯楽の総量は飽和している。だが、それでもより多く楽しみたいという人々の欲求から、一つ一つのコンテンツに向き合う時間は明らかに減少している。録画して溜まったTV番組を見る行為を「消化」と称するのは象徴的で、マルチモニターで「ながら視聴」することなど、もはや誰にとっても特別なことではない。
 そんなライフスタイルの変化によって短時間で作品を処理しがちな観客に対し、「受け取ったからにはそう簡単に消化させないぞ!」という執念にも似た監督の想いを本作には感じる。つまり、『いばらの王』の構造的な違和感は、観客の心に何かを残したいというトゲなのではないか。
 もちろん忙しい現代人にとって、映画館に何度も足を運ぶことが大変高いハードルなのは重々承知している。SF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』(68)のように解けない謎を反芻する楽しみ方を推奨しても、その面白さは受け入れにくいだろう。それでも、一度目は何が起きたのか不明瞭な物語が、同じ内容でありながら、二度目には理路整然と映るのだから興味深い。

 観客と真正面から対峙する片山監督の姿勢は、仕掛けられた“メデゥーサ”の謎と重なり、難関をくぐり抜けた者に新しい映画の未来を託そうとしているようにも見える。気軽に触ろうとすると怪我をしてしまいそうなトラップ満載の『いばらの王』だが、そんな危険なトゲがあるからこそ、やはりこの「花」は美しいのだと思う。
 刺激的な力作だ。

『いばらの王 –King of Thorn-』 /http://www.kingofthorn.net/

■ 荒川直人
1965年、北海道生まれ。プロデューサー。CD「K-PLEASURE Kenji Kawai Best of Movies」で楽曲解説を執筆後、押井守&川井憲次関連の特殊需要を中心にライターの活動も行っている。
現在、mixiで5年ほど続けた極私的な映画レビューをアメブロにて公開中。Twitterも始めました。

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