■動物キャラクターのモデルを動かすためのトライアンドエラー
――たとえば主人公のレゴシのモデルはどの部分をこだわって作ったのでしょうか?
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松見:オオカミらしさを残しつつも、リアルなオオカミにし過ぎてもレゴシではなくなってしまうので、どちらも兼ね備えられるようにこだわりましたね。鼻を微妙に直したり、おでこの角度を微調整したり、本当に細かい差で印象が変わります。
作り方に関して、今回は顔をちゃんと3Dで動かしているんです。
――「3Dで顔を動かしている」とは?
松見:これまで制作した『宝石の国』などは2Dの絵の感じに合わせるために、卵のような状態の顔に、目や口のパターンを貼り付けて表情を作っていました。
でも今回はキャラクターが動物で、それこそオオカミの口は前方に突き出ていますから、口を貼り付けて表現なんてことはできません。
顔を3Dで動かすのはオレンジとしては新たなチャレンジで、どうやれば演技を付けられるかみんなで話し合いました。
池谷:今回、初めて顔にもモーションキャプチャーを取り入れたので、レゴシのように人間と違う部分が突き出ているキャラをどうするかは、スタッフ総出で議論を重ねました。
フェイシャルのコントロールのほか、部分的に変形できるリグを組んだりして、表情のバリエーションが付けられるように工夫しました。
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松見:ひとつだけ気が楽だったのは、オオカミの笑った顔の正解を誰も知らないことです。
人間キャラクターに対しては視聴者もシビアで、変な表情をさせると「こんな顔はぎこちない」とすぐにバレてしまいます。
その点、動物はリアルな笑顔なんてものがないので、みんなが「笑っているな」と思える表情さえ作ればいいのは気がラクなところでした。
――動物としてのリアリティはどの程度、追求する方針でしたか?
松見:最初は体全体に毛を生やすパターンも試しました。作ってみて、実際にアニメーションをさせると何が問題になるのか、他のキャラクターや美術とは馴染むかなどを検証しながら、毛を生やしたり減らしたり、長さの調整や毛先を変えるなど、トライアンドエラーを重ねました。
動物図鑑を見て毛並みの仕組みを調べたりはしますが、もともとの原作のキャラクターがありますから、原作以上に動物性を出す必要はないだろうな、と考えていましたね。
――第3話でハルがレゴシの身体に触るところは、他のシーンで以上に毛のフサフサ感が出ていましたが、ポイントごとの動物らしさはどうやって表現しているのでしょうか?
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松見:キャラクターの表現は何パターンも用意しているので、フサフサ感が欲しいときはそういうパターンを使います。
他にも第1話でテムが逆光を浴びて毛が光るカットは、このシーン用の毛を作って光らせています。
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松見:要所要所で動物らしさを見せられればいいので、常に同じモデルを使っているわけではないんです。
――ひとつ気になるのが、動物らしさを出すことは、同時に動物が人間のようなアクションをする、いわゆる“不気味の谷現象”を引き起こす可能性もあったと思います。そのあたりの違和感とリアリティは、どのようにバランスを取りましたか?
松見:これも、やってみてですね。たとえばレゴシなら、あまり大きく口を開閉してしゃべると、見た目にもよろしくありません。
CGチーフディレクターの井野元英二さんとは、「口が突き出た動物は、口の先だけでしゃべってもおかしくないような表現に」と話していました。
気持ち悪さを感じるかどうかは全体のバランスですので、やってみて違和感がなければ、新しい表現であっても問題ないと考えていました。
なので、現場のアニメーターが人と違うことをやっても、それが面白ければ「いいね!」と使われて、今までにない表現に変わっていったりしましたね。
■動物らしさを演出する細かなアクションに注目
――実際にモデルを動かすのは池谷さんの担うところでしょうが、キャラの芝居で気をつけていることを教えていただけますか?
池谷:ちゃんとしゃべっているように見せることです。たとえば日本語のマ行は唇を閉じるので、そこはしっかり唇を閉じさせる。細かいですが、そういうことをしないとただ口がガバガバ開閉しているだけになってしまいます。
セリフに合わせて閉じ口を入れるだけでも、随分と見え方は変わります。
――まったく違和感なく見ていましたが、裏側にはそんな工夫が。
池谷:少しでもズレると「録音した音がバックで流れているだけ」という感じになるので、作業はセリフの音源を聴きながらタイミングをはかっています。
それと、人間の言葉を話してはいますが、みんな動物なので感情に合わせて牙を見せたり、ボソボソしゃべるときは口を広げないようにして差を付けます。
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――しゃべる以外の身体の動きではどんなことに留意されますか?
池谷:肉食動物に力強いポージングをさせたりはしますね。逆に草食動物は、あまり人間のキャラと変わらないような作りです。
それから、しっぽやヒゲといった人間にはない揺れものがありますから、そこは柔らか過ぎず硬過ぎず……というのは意識します。
松見:しっぽも3Dモデルですから、何もしないとカチッと無機質なものになってしまいますからね。揺らしたり、原作でもありましたが嬉しさを表すのにしっぽを動かしたりもします。
あとは耳ですね。人間は視覚動物ですから何かあったらすぐ見るんですが、視力が良くない動物は耳で反応するので、そういうアクションで動物と人間の違いを演出しています。
――時おり動物らしいアクションが入るのが面白いです。ハルの食事シーンは、ウサギが口を小刻みに動かす食べ方に似せていましたね。
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松見:はい。アニメーターには、できればウサギっぽく食べる表現をしてほしいとお願いしました。『BEASTARS』の草食動物キャラクターは、歯が人間と同じ形状なんです。だからウサギの大きな前歯がないハルには、実は本物のウサギの食べ方ができなかったりします。言葉通り“ウサギっぽい”食べ方なだけなんですよね。
動物らしい動きの入れどころはルールをハッキリ決めているわけではなく、シーンごとに「ここは表現できるかな?」と考えて加減しています。
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