春の屋のモデルは宮崎駿監督の紹介
――キャラクターデザインについてはどんなことを意識されましたか。
高坂
やっぱり原作読者の方々にアピールしたいと思ったので、挿絵を描かれた亜沙美さんの絵はかなり意識しました。ただ、原作も20年という長い年月を経て、亜沙美さん自身の絵も変化しているので、なるべく完成形に近い後半の絵に近づけています。
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――昔ながらの温泉街が舞台ですけど、時代設定は現代なのでしょうか。
高坂
舞台は現代です。たとえば温泉街を走っているタクシーやリムジンはEV車(電気自動車)で、エンジン音もないし排気管も出てないです。
実は裏設定があって、あの街はある程度自給自足ができていて、地熱発電があり、山の上の高原では野菜も作り、牧畜もしている。それで観光資源としての温泉もあって成り立っているという。
――具体的な街のモデルはあるんですか。
高坂
令丈さんが原作を書くうえで有馬温泉をモデルにしたと伺ったので、有馬温泉に取材に行きました。まるっきり同じではないですけど、地形はだいたい模しています。設定上は伊豆辺りなので、有馬温泉に海を足したという感じですね。
――おっこが暮らすことになる旅館「春の屋」にもモデルがあるんでしょうか。
高坂
春の屋は、京都にあるとある老舗の旅館がモデルになっています。そこの若女将さんが茶道をやっていらして、所作がとても美しいんです。細かい気配りなんかもすごく行き届いていて圧倒されましたね。
僕らは泊まりもせず日帰りで取材に行ったんですが、帰りにお土産をくれたんです。ちゃんと人数分に分けられるように小分け用の袋も入れてくれて。
あと水撒きをする際に、玄関に置いてあるお客さんの靴のヒモが濡れないように、ヒモを靴の上にあげてあったりするんです。
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――すごく細かいとこまで気がつくんですね。
高坂
実はこの旅館、宮崎(駿)さんから「良かった」という話を聞いていたんです。宮崎さんがピクサーの(ジョン・)ラセターを連れて行って、ラセターもすごく感動していたそうです。
ラセターはあぐらをかけないから、食事の膳の下に足を伸ばしていたらしいのですが、その足にタオルをかけてくれたりとか。
それですっかりラセターも好きになったということで、それは是非行かなきゃと。
――日本のおもてなしの究極形が体験できるところなんですね。
高坂
あと能登半島にある“日本一のおもてなし旅館”と言われるところ旅館がありまして、その女将さんが書いている本を何冊か読んで取り入れています。作中で、神田あかねに対して行う陰膳(※)はその本を参考にしました。
(注:旅などに出た人の無事を祈って、留守宅を守る家族が不在者のために供える食膳のこと)
――女将独特の所作をアニメーションに起こす時に気をつけたことはありますか。
高坂
レイアウトを起こす時に、「畳のヘリは踏まないように」「部屋に入る時は床の間にお尻を向けて入らない」「客人を迎える時には真正面からお辞儀しない」など細いところを注意しました。あと所作ではないですが、和のルールとして「床の間に対して畳を直角にひかない」など。
それから女将がお辞儀する際、相手の正面ではなく斜めで迎えるようですね。だから劇中でおっこが最初にお客さんを迎える際に、ウリ坊から「はよどけや!」と言われるんですけど、あのシーンはそういう意味なんです。
他にも畳のヘリをふまないために「横は3歩、縦が5歩から6歩で歩く」と決まっていて、そのあたりは劇中でも意識しました。
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――かなり細かい所作やルールまでおさえていたんですね。あと作画面では“着物”の描き方は難しかったのでは?
高坂
着物は『風立ちぬ』でさんざん描いていたので慣れてはいましたが、難しいのは「袖」です。
袖を曲げた時の裾の折り返し方とか、腰の位置や体型が分かりづらいので、絵面だけで見るとやたら胴が長すぎるように見えたりなど、難しいポイントが多々あります。
――最後にあらためて本作の見どころをお願いします。
高坂
今の世の中は大きなパラダイムシフトを迎えている時期だと思うんです。世の中が激しく移り変わっていく時に、本作のような伝統的なものを見るとホッとするんじゃないかなと思うんです。
また、おっこをはじめとするキャラクターは、原作の絵を踏襲しつつも、かなり“可愛く”を意識しました。アニメならではのおっこの活躍をぜひご覧いただきたいです。
(C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会