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■ 次世代のアニメスタッフへ、そして動画机を使う人たちへ
このマグネット案を思いついたとき、石井さんは、「あのディズニー式の動画机がつくれるのでは?」と思ったそうである。工場長の石井さんは言う―
「これでもう、多分、私たち三起社の“動画机”はほぼ完成形になったと思う」
ディズニー映画の影響を受けなかった日本のアニメスタッフはいないだろう。そして、それは動画机も同じかも知れない。道具は大事だ。しかし一方、「弘法、筆を選ばず」ともいう言葉もある。動画机ひとつでそんなに変わるとも思えない、という人もいるだろう。
しかし、日本で事務机然とした動画机を使い続け、北米ではディズニー式の動画机を使ってきた私の経験から、道具が「身体」に影響することはあると思う。
事務机式とディズニー式の大きな違いは天板の傾きであるが、ディズニー式の場合、背筋が自然と伸びるため、上半身を使って絵を描くことになる。結果的に、体軸を意識せざるを得ない。たとえば、手首のスナップだけで曲線を描いても、綺麗なカーブは描ける。しかし、身体全体を使って描く線にはしなやかさが加わる。
もちろん、事務机式の動画机ではいい線が引けない、ということではない。しかし、まだ経験が浅いうちに両方を経験するほうがいい。身体で覚えたことは、のちのち潜在的な財産になるからである。石井さんは最後にこう言う。
「だからね、若い人には是非、天板を立てて描いてみて欲しいんです。身体をつかって絵を描いて欲しいんですよ。それが私たちが伝えられる“アニメを手で作る”という伝統なのかもしれません」
三起社は、どこまでも、いつまでも、「すべてのアニメーター」のために机を作り続ける。
これからも、アニメ机という環境をめぐる進化への挑戦は続くのだ。
■ 数井浩子 (かずい・ひろこ)
アニメーター・演出。アニメ歴30年。短大時代から仕事を始め,『忍たま乱太郎』『らんま1/2』『ケロロ軍曹』をはじめ、200作品以上のアニメのデザイン・作画・演出・脚本に携わる。自らデザインしたアニメキャラは、“子どもにも大人にもウケる萌えキャラ”と評判になりラッピングバスとして渋谷や練馬を運行。また、長年アニメを現場で制作するかたわら、42歳から認知心理学を東大大学院にて研究しつつ、文化庁若手アニメーター育成プロジェクト「アニメミライ」においては評価・選定委員として現場の後進のために活動中。教育学修士。