『9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~』 アッカー監督インタビュー(後編) | アニメ!アニメ!

『9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~』 アッカー監督インタビュー(後編)

『9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~』シェーン・アッカー監督インタビュー (後編)
取材・構成:氷川竜介(アニメ評論家)●ダークな世界観と日本製アニメの関係

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『9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~』 
   シェーン・アッカー監督インタビュー (後編)


取材・構成:氷川竜介(アニメ評論家)

●ダークな世界観と日本製アニメの関係

 作中、さまざまに工夫をこらした表現についても、鑑賞前に少し掘り下げておきたい。まず、ポスターも含めて「緑色の光」が非常に特徴的に使われている。

「この物語は人形と機械との対決を描いたものです。緑色は人形に込められた“人間の魂”を表現していて、同時に不気味さ、恐ろしさなど緊張感を高める役割ももたせています。緑色は機械側の目の赤色とのコントラストも意識しています。“魂の希望が入った人形”と“死をもたらす悪の機械”との対決。そういうイメージからわいてきた配色のアイデアですね」

 それにしても、アメリカの他のCGアニメーションとは世界観も物語も、かなりテイストが違っている。どれくらい作風の違いを意識しての制作だったのだろうか。

「アメリカではアニメーション映画はカートゥーンと呼ばれ、子ども向け、家族向けと思われています。子どもにとって安全な作品ばかりですから、それに比べて私の作品はダークなセンスをもっていて、セリフもドラマ的なので、非常にリスクが高いと思います。ティム・バートン、ジム・レムリー、ティムール・べクマンベトフといった方々が私を信頼し、このプロジェクトを応援してくれたことで、なんとか実現することができました。特にティム・バートン監督の作品はとても素晴らしいし、私の感性ともとてもよく似ていると思いますね」

 アメリカ市場に対し、日本ではファミリー向けとは異なる作風のアニメーション映画も多い。むしろアッカー監督の作品には、それに近しい部分も強く感じる。

「私はずいぶんと日本のアニメに影響を受けました。アメリカの作品よりも影響は大きいですね。好きなのは、まず宮崎駿監督の作品。『ルパン三世 カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』はとても好きで、同時にものすごく勉強になりました。『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』にも、とても大きな刺激を受けています。どのフィルムも非常に刺激的な物語ですし、美しい映像技法の数々を使っていて、その美しさがまた物語のダークな世界観に説得力を与えていると思います」

 やはり『9』に感じる親しみは、日本のアニメにも関連があった。『9』で気になった部分は、「生命のない人形を人間に見たてる」「限定された条件を巧みに表現に応用する」「ダークな世界観」などで、それは日本のアニメ作品とも考え方が似ている。

「私もいろんな作品から刺激を受け、物語の語り手となり、キャラクターをデザインしたので、日本の観客の方々も、私の『9』から何かを見つけていただけたらと思います。もちろんまず楽しんでほしいですが、驚くほど多くの芸術的な知識や技術を盛り込んでいるので、何度かご覧いただき、そうしたものを発見することも楽しいと思います。そしてアメリカのアニメーションのポテンシャルを、日本の作品のようにダークで複雑で、魅力的なものに引き上げられたらと願っています」

●ユニークな人形たちと主人公「9」

 登場する9つの人形たちは、体格も性格もバリエーション豊かで、それぞれ非常に個性的である。その描き分けには、どのような意図があったのだろうか。

「私たちが映画に見出したいものとは、“登場人物がどこから来たのか”そして“何をするか”です。登場する9つの人形には、それぞれ異なる人間の個性を象徴させてあります。だから、みんなどこか少し奇妙なところがあったり、それぞれ強さや弱さを備えているわけです。でも、そうした異なる個性を重ね合わせ、協力して再結合させることで、試練にも等しい厳しい運命も克服できるに違いない。そんなコンセプトを、キャラクターの成り立ちにこめてあります」

 その中でも主人公の「9」は、記憶をもたずに誕生するところなど、格別のポジションにおかれている。彼の役割とは、何だったのか。

「まず主人公は作中の世界について、まったく何も知らないキャラクターにしたいと思いました。それは観客と同じ視点ということなんです。彼が“この世界はこうなっているのか”と分かると同時に、観客も理解するわけです。困難にぶつかったときにも“9”は私たちと同じように考え、自分が正しいと思うやりかたで決断して行動する。だから感情移入できるんです。彼自身の力と強さが、彼を自然とリーダーにさせてしまう。たとえ結果が辛くて過程が困難に見えても、純粋さや理想で立ち向かうことで勝てるわけです」

 となると「9」は一種のヒーローととらえることも可能だが、それともまた少し異なっているようだ。

「“9”は決して典型的なヒーローとは呼べないと思います。むしろ女性の“7”の方が強くて能力もあるし闘争心も備えていて、よほどヒーロー然としているでしょう。でも、彼女はどこか一面的なんです。独立しすぎているし、目的を優先して他人を突き放すようなところがある。一方の“9”はどんなことでも受け入れ、すべてを自分のもとに集めるタイプです。そして対立する“7”も受け入れる。“9”は考えるよりも、想ったり願ったりすることを優先します。だからこそ、困難な運命も乗り越えられるんです。私たちは型にはまったヒーロー像を少し変えてみたいと思って、そんな風に描いてみました」

 そこまで言われれば、そんなユニークな主人公のナンバリング、そしてメインタイトルを『9』とした理由も気になるではないか。

「いろんな文化や哲学で“9”はいつも力強く、不思議な数字として扱われてきたからです。“9って何だろう?”“9は何をするんだろう?”と観客が思いながら、私の謎めいた世界に入ってきてほしい。そんな入り口になることを願って選んだ数字ですね」

 人形の顔は非常にシンプル。だが、映画を見ているうちに、細かい感情のニュアンスまで次第にくみ取れるようになっていく。これだけ深く感情移入させる秘訣とは何なのだろうか。

「それは主にアニメーターの努力の成果ですね。デザインのシンプルさは動かすときの制約にもなりますが、逆に制約があるからこそアーティストたちは素晴らしい解決方法を見いだそうとして、知恵を絞るわけです。レンズの絞り程度しか感情を表すためのデザインは備えていませんが、パントマイムのように全身を演技に使うことで、とてもユニークで際立つキャラクター表現を、試行錯誤の末に見つけることができました。
 ユニークな身体の形やデザインは奇妙なパフォーマンスを要求するため、俳優にも声を吹き込んだ直後、すぐに肉体的な動きを実際に演じてもらっています。アニメーターも同席して、その動きを演じています。
 これはキャラクターの動きを考え、生命を吹き込むうえでもっとも速く、そして実りの多いプロセスとなりました。私やプロデューサーが演技の解釈についてそこで協議したことで、ストーリーやキャラクターの行動面をさらに深く掘り下げていくきっかけが得られたのです」

●音響演出、日本の観客へのメッセージ

 本作は音楽や効果音も実に慎重に設計され、強い印象を残している。重さや軽さ、大きさや小ささを感じさせる秘密は、音響にあるように思える。

「サウンドはビジュアルよりも映画の世界により強く引き込む効果があるため、たとえ死に絶えかけた世界であっても、とても重要なものになります。別の国の観客にも言葉の違いを越えてキャラクターを定義づけ、的確に伝えることもできるわけです。ですから、サウンドデザインには特に注意を払いました。
 音で暴力的なイメージを伝えたり、死の世界をより身近に感じさせることもできますし、世界の状態や自然の様子、あるいは生活感を描き出し、感情を表現することもできます。機械がどのように動いているかについても、画的なクオリティ以上にサウンドがうまく表現したと思います。汚れたテクスチャへのこだわりと同じで、観客が映画の中に触っているように感じさせる役目もはたします。すべては、私の作品の宇宙へ観客を引きずりこむという、同じ目標によるものなのです」

 『9』のもつ独特の世界観と、そこへの没入度の秘密が少し分かったような気がする。最後に締めくくりとして、アッカー監督から日本のアニメファンに対するメッセージをうかがった。

「少しでも多くの方に、観ていただきたいですね。キャラクターに深く感情移入できる、驚くべきユニークなアニメーション映画がアメリカにもあるということを、知っていただきたいです。様々な階層でいろんな表現を積み重ねた映画ですが、特に精神的なレベルにおける“この機械社会で人はどう生きるべきか”について、多くのことを語っています。テクノロジーとの密接な関わりを深めていく時代になっていますが、その中で人はどのようにして人間性を維持するか、そんなことを考えるきっかけになればと。おそらく日本の観客の皆さんは、この作品の内容について良く分かってくださると思います。私の感性は、きっと日本のみなさんに近いはずですから」

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『9 ~9番目の奇妙な人形~』
公式サイト /9.gaga.ne.jp
5月8日(土)より新宿ピカデリー他全国ロードショー
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