高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第10回 新海誠「君の名は。」の句点はモンスターボールである―シン・ゴジラ、Ingress、電脳コイル | アニメ!アニメ!

高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第10回 新海誠「君の名は。」の句点はモンスターボールである―シン・ゴジラ、Ingress、電脳コイル

高瀬司の月一連載です。様々なアニメを取り上げて、バッサバッサ論評します。今回は新海誠監督の最新作『君の名は。』を、『シン・ゴジラ』や『ポケモンGO』などと関連づけて論じています。

連載 高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言
注目記事
イラスト:mot
イラスト:mot 全 1 枚 拡大写真
■ 高瀬司(たかせ・つかさ)
サブカルチャー批評ZINE『Merca』主宰。ほか『ユリイカ』(青土社)での批評や、各種アニメ・マンガ・イラスト媒体、「Drawing with Wacom」でのインタビューやライティング、「SUGOI JAPAN」(読売新聞社)アニメ部門セレクターなど。
Merca公式ブログ:http://animerca.blog117.fc2.com/

■ 新海誠『君の名は。』の句点はモンスターボールである――シン・ゴジラ、Ingress、電脳コイル

社会学者の鈴木謙介は『ウェブ社会のゆくえ――〈多孔化〉した現実のなかで』(NHK出版、2013年)で、多孔化した現代社会における他者との共生関係について論じている。「現実の多孔化」とは、「現実空間の中にウェブが入り込み、ウェブが現実で起きていることの情報で埋め尽くされる」(12頁)ような「現実空間に情報の出入りする穴がいくつも開いている状態」(同前)のことを指す。

わかりやすくは、友人との会話中に、ソーシャルメディアで別の友人の近況を知り、仕事のメールを送受信することが当たり前となった、あるいは「ウェブは既に(というより始めから)現実空間と区別の付かないものになっており、それゆえに、ウェブで起きていることだけを独立して論じたり、あるいは現実はウェブよりも重要で優先されるべきものであるという前提に立って議論したりすることが、もはや無意味になっている」(11頁)現代における、現実とバーチャル(というもう一つの現実)との折り合いのつけ方のことだが、(2010年の構想時には拡張現実/ARをテーマに想定されていた)本書がそうした現状の先に問うのは、(神戸という土地に阪神淡路大震災後に移り住んだ立場から)東日本大震災を受けて「その場所がどのような場所で、どのくらいのリスクを抱えていて、かつてどのような被害を受けたのかということを、私たちが忘れないようにしなければならないという課題」(13頁)であり、そして「空間の情報化が〔…〕社会の分断を招く一方で、その特性を活かして多様な人々の間を取り結ぶような「情報」で、意味的に分断される空間をハッキングするという課題」(17頁)である。

震災をもとにとらえ返される「場所(空間)」と「情報」と「記憶」。
新海誠監督による2016年8月26日公開の劇場アニメ『君の名は。』は、まさにこのような問題へと踏みこむ作品ではなかったか。

もちろん当連載における文脈においては、ゲームのOPというMV的な出自を持ち、岩井俊二の美意識とも共振しつつ、自らが(ビデオコンテや背景美術以上に何より)コンポジット(撮影)というプロダクションの最終工程(および編集というポスト・プロダクション)を担当することで映像をコントロールし、映画館での上映ではなくスマートフォン/タブレットでの視聴を想定した作品制作を試み(『言の葉の庭』)、また自作に対して「アニメ/映画」ではなく「ムービー/映像」【注01】と語ってきた新海誠は本来、いわゆるアニメ監督というよりポストメディウム的文脈における代表的映像作家として論じられるべきであろう【注02】。

じじつ、2000年以降のデジタル/ソーシャル時代の商業アニメを考えるうえで、新海誠を起点にすることで、『ほしのこえ』(2002年)におけるセカイ系的想像力がKey作品や『涼宮ハルヒの憂鬱』をアニメ化した京都アニメーション(および山本寛)へと受け継がれ、現在では山田尚子の映像美学へと至るという連続性から、あるいは美少女ゲーム『ef』のOPを介したシャフト(および新房昭之/大沼心)への継承から、いまだ取りこぼされたままにある2005年以降のTVアニメの表現史をたどりなおすことができるだろう(さらには絵コンテ・演出・作画・彩色・3DCG・コンポジットまで担当する近年の山下清悟の活躍まで。あるいは逆に、新海誠を起点にすることで、90年代の庵野秀明の映像美学を遡及的に位置づけなおすことも可能かもしれない)。

2016年9月17日公開の山田尚子監督作『聲の形』はその検討をはじめる最良の機会となるかもしれないが、本稿ではその前にまずは、『君の名は。』をAR(Augmented Reality)と震災を補助線に考えてみたい。

▼注01:インタビューなどでたびたび口にしているが、たとえば下記の記事など。新海誠×西島大介×東浩紀「セカイから、もっと遠くへ」東浩紀『コンテンツの思想』青土社、2007年。

▼注02:詳しくは下記を参照のこと。高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第8回 ポストメディウム的状況のアニメーション美学をめぐって 「劇場版 響け!ユーフォニアム」 http://animeanime.jp/article/2016/05/22/28629.html(2016年8月22日閲覧)。

【※本稿は、『君の名は。』、および『シン・ゴジラ』等に関するネタバレへは配慮しないため、未視聴の方は注意されたい。あるいは視聴済みの方も、作品論以前の文脈の整理が大半を占めるため、その部分は必要に応じて読み飛ばされたい】
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 続きを読む

《高瀬司》

特集

この記事の写真

/
【注目の記事】[PR]