藤津亮太の恋するアニメ 第5回 真面目な人たち(前編) 「機動警察パトレイバー 2 the Movie」 | アニメ!アニメ!

藤津亮太の恋するアニメ 第5回 真面目な人たち(前編) 「機動警察パトレイバー 2 the Movie」

連載第5回は、名作『機動警察パトレイバー 2 the Movie』。南雲さんと柘植行人の大人の恋を巡りとNと”僕”の激論が・・・。その結論は?

連載 藤津亮太の恋するアニメ
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藤津亮太の恋するアニメ
第5回 真面目な人たち(前編)


機動警察パトレイバー 2 the Movie

作・藤津亮太

Nがやってきた。案の定、また最近見たアニメの話だった。

「『機動警察パトレイバー2』って見たことある?」
どうやら正月休みの間に見たらしい。
「もちろん。もはや古典だよ。僕がアニメいろいろ見始めた時に、先輩に勧められた『まずこれを見ろリスト』の中に入ってて、それで見たよ」

『機動警察パトレイバー 2 the Movie』が描くのは、東京を舞台にした戦争だ。
レイバー舞台を率いてPKOに参加した柘植行人は、戦闘に巻き込まれ部下を失う。そこで柘植が実感したのは、日本の戦後はぐんだ平和がいかに欺瞞に満ちたものだったかということだった。帰国後姿を消した柘植は、数年を経て、欺瞞の平和を暴くために「架空の戦争」を演出する計画を実行する。

「私、ひとつ気になったんだけれど、南雲さんは柘植のどこが好きだったのかしら? ちょっと納得しきれないのよ」
またNが面倒なことを言い出した。

南雲さんとは、警視庁警備部特車二課第一小隊。この映画では、本来の主人公である泉野明がぐっと後ろに下がっていて、この南雲隊長が実質的主人公といってもいいポジションにたっている。そして南雲隊長は、かつて妻子ある柘植の公私にわたるパートナーであったという設定になっている。

「え? そこにひっかかるの? だって彼が中心になってたレイバー研究会が『柘植学校』って呼ばれてたんよ。まさか柘植が自称してたってことはないだろうから(笑)、仕事ができて、まわりがそう言いたくなるような求心力、カリスマがあったってことでしょう。そういう人物がモテてもなんの不思議もないじゃない」
「それはそうなんだけれど……」
Nは納得いかない様子だ。
「だって、柘植って人は、PKOでの経験が転機になったとはいえ、要は真面目をこじらちゃったわけじゃない? それでテロを計画したんでしょう。そういうヘンにかたくなな真面目さを持っている人って、そんなに魅力的に思えないのよ。あたし」
「それは好みの問題じゃん! 蓼食う虫も好き好きって言葉を知らないの?」
僕は思わず失笑しながらつっこんでいた。
僕からすると、南雲さんが柘植に惹かれるのはほぼ必然といっていい感じなのだが。

「じゃあこう考えたらどう? 柘植は結構愛嬌があったんだよ。たとえば北野武とか石原慎太郎とか、わりと強面なんだけど、ニコッと笑うと子供っぽくなって、かわいくみえちゃうタイプの人っているでしょう。あの碇ゲンドウだってユイに『かわいい』って評されていたじゃない。柘植もそのタイプで、南雲さんはそのあたりの意外性に魅力を感じていた、と」
「却下却下!」
即座に否定するN。
「本編で描かれていないものは証拠として認めません」
「じゃあもうちょっと真面目に説明するよ。南雲さんは柘植の父性に惹かれていたんだよ」
「どうしてわかるの?」
「柘植が南雲さんより年上で、父性あふれる人物というのはいいよね?」
「それは認めるわ」
「補助線になるのは、劇中で一瞬出てくる南雲さんの実家のシーン。母親は出てくるけれど、父親の気配はまったくないでしょう。後に出てくる台詞も加えて考えると、現在南雲さんの家庭環境は、母一人娘一人であろうと想像ができる。この父親の不在が、南雲さんに強い影響を与えていると思うんだ」
「……解釈の幅としては、ぎりぎりだと思うけど、まあ、続けて」

お許しが出たので、僕は続けた。
「エレクトラコンプレックスというのがあるでしょう。エディプスコンプレックスの逆で、女の子が母親を遠ざけ、お父さんに愛されたいという気持ちのころ。父の不在から考えるに、南雲さんは、きっとこのエレクトラコンプレックスを抱えているんだよ。そして、『マジメなよい子でいるから、お父さんに愛してほしい』と思っている。でもお父さんはいないから、その気持ちが父性の強い柘植に向かった……と」
話し終えてみると、Nはいかにもつまらなそうな顔をしていた。

「なんだいその顔は」
「だってつまらないんだもん。ユングの信憑性薄そうな考えひっぱり出してきて、人間性を語るなんてすっごく凡庸。それじゃあ、Sがこれまでつきあった人は、みんなSの母親と関係しているっていうことになるわね」
僕は、これまでにつきあった人は決して多くないんだけど、反論すべきはそこではなかった。
「あのさ僕が語ってるのは人間じゃなくて、キャラクターなんで、信憑性薄かろうが濃かろうがいいんだよ」
Nがきょとんとした顔をした。

「南雲さんはキャラクターなんで、フィクションの中である人為的なアルゴリズムに従って動いてるわけよ。そのアルゴリズムがエレクトラコンプレックスというと合点がいく、というのが今回の話。で、この時には、このアルゴリズムが現実において正しいかどうかは、関係ないの。あくまでキャラクターの内面を想定するための論理なんで」
こう説明してもまだNは腑に落ちた顔をしていない。
「……こういうとわかりやすいかな。まず、血液型性格診断は科学的には誤りだ」
「うん」
「でも、その俗説にしたがってキャラクターに性格付けをすることはできる。こいつはA型だから真面目だよな、とか、B型だからマイペースだ、とか。この時、『A型だから真面目』という理屈は、科学的には誤りだけれど、このキャラクターにおいてはちゃんと成り立っているんだよ。そういう意味で、南雲さんを理解するには、エレクトラコンプレックスという理屈に従っていると考えるとわかりやすい、と思うんだけどねー」
Nは“なんだか丸め込まれてしまった”という顔をしていたが、もう文句は言わなかった。

「納得してもらえた? それにしても、“よき娘でいたい”という真面目さがこうじて柘植と不倫をしてしまうわけだから、皮肉としか言いようがないけれどね(笑)。その点で、真面目をこじらせてテロリストになった柘植と真面目をこじらせて不倫した南雲さんは案外、似たもの同士といえるんじゃないかなぁ」
僕がそういうと、Nが再び口を開いた。
「そこも引っかかるのよね。南雲さんが不倫してたっていうところ」
どうやらNはまだまだ納得しそうになかった。
(続く)

藤津亮太の「アニメの門チャンネル」
/http://ch.nicovideo.jp/channel/animenomon
毎月第1金曜日22時からの無料配信中
2013年1月11日22時~ 第5回

藤津亮太[アニメ評論家]
単著に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』(NTT出版)。「渋谷アニメランド」(NHKラジオ第一 土曜22:15~)パーソナリティ。
藤津亮太の「只今徐行運転中」
/http://blog.livedoor.jp/personap21/

《animeanime》

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