映画評 『イヴの時間 劇場版』 | アニメ!アニメ!

映画評 『イヴの時間 劇場版』

『ペイル・コクーン』で映像感覚が高く評価された吉浦康裕監督による初の長編映画である。連作短編『イヴの時間』(6話分)を1本にまとめたオムニバス的構成だが、単なる総集編ではなく、すべてHD画質で再レンダリングされた

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文;氷川竜介(アニメ評論家)

 『ペイル・コクーン』で映像感覚が高く評価された吉浦康裕監督による初の長編映画である。連作短編『イヴの時間』(6話分)を1本にまとめたオムニバス的構成だが、単なる総集編ではなく、すべてHD画質で再レンダリングされた上で音響ふくめ、すべて劇場の集中できる環境にチューンナップ。さらにあっと驚く新作カットが随所に追加されている。一連の流れができて各話の関連も見えやすくなったため、一度観たはずのエピソードも「あれ、そういうこと?」と新たな興味をそそる部分が発見できる。そんな嬉しい仕掛けが満載の映画だ。
 アンドロイドと人間がともに暮らし、見た目の差がつきにくくなった時代――ロボットの頭部には識別リングの表示が義務づけられている。だが、メインの舞台となる謎の喫茶店「イヴの時間」内では、いっさいの区別をしないことがルールだという。はたして店内の誰がロボットで誰が人間なのか? 識別マークをとったとき、ロボットと人の間には感情の交流が可能なのか?
 吉浦監督は、描き方次第では重く陰々滅々にもなりかねないSF的でシリアスなテーマを、ユーモラスで笑いにあふれた会話劇へと転換。時にあっと言わせ、時にストンと涙の感動へ落とすように、自在に観客の感情をもてなし、気持ちの良い方向へと導く……そんな軽妙洒脱な娯楽志向の作風が、この作品の大きな魅力である。

 インディーズ作品では「映像クオリティ」や「作家性」を研ぎ澄ます方向性をとることが多い。吉浦監督の前作『ペイル・コクーン』もそうだった。しかし今回は「シチュエーション・コメディ」を目ざしたという。人気テレビドラマのように、ひとつ固定した「舞台」を用意し、そこに出入りするキャラクターに会話中心のドラマを紡がせることで、観客を引きこんでいくわけだ。「原作、脚本、絵コンテ、演出、3DCG、撮影、編集、音響監督」と監督自身が名を連ねる目的も、その絶妙な会話の呼吸と、映像のカメラワークや照明を密接にリンクさせることにある。
 前作同様、なめるようにじっくりと移動するカメラワークは、地下に用意された秘密の喫茶店の閉鎖空間を、臨場感たっぷりに、そして魅惑的に見せていく。手描き作画によるキャラクターたち表情豊かに細やかな演技で会話を盛りあげ、次第に人とロボットとの境界が曖昧になっていく。高まりすぎた緊張の中で思わず笑ってしまうような瞬間も多々発生し、そこではアニメーションがなかなか獲得しにくい「ユーモア」と「ライブ感」が生じている。

 設定やテーマの深いところを悩まずに、すっと作品世界へと引きずりこまれるその巧みな演出手腕は、特にアニメに興味のない観客が抱くかもしれないガードを思わず下げさせる。その様子がまさに作中で問われる「人とロボットの区別」をどうするかの問題に直結している。
 つまり「人とアニメキャラの区別」をどう考えるか、改めて意味を問いかけている作品でもあるのだ。暗く集中できる劇場のステージで、入り口は柔らかく広いのに、なかなか奥が深いこの作品を存分に味わってみてはいかがだろうか。

『イヴの時間 劇場版』
/http://timeofeve.com/

《animeanime》

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